表記について

・R指定表現のあるページには、(※R) を付けています。苦手な方は読み飛ばし下さいませ。
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「——いいの?」
先程までよりも強い、いつになく真剣な面差しでの低い声が返って来る。
まるでどこか、気が引けているような。
言ってしまった事で、面倒をかけてしまっているのではないかーーそう思うような。
それは、私がいつも考えてきた事。
ーーもしかしたら、そこまでとは違うかもしれない。
けれど、そうなのだとしたら。

「はい、私達も気になりますから」
頬を緩め、笑顔で頷いて見せた。
これも、私がいつも皆にして貰っていた事。
気になる事、困ったことに、いつも皆何も言わずに付き合ってくれて来た。
私もそうするのは当然だ。
「ありがとう‥‥セッちゃん」
少し強張り気味だった、ルゥさんの表情が綻んだ。
けれど次の瞬間、顎を引いた遠慮がちな顔つきになる。
「‥‥これから直ぐに、向かっても?」
強くてしっかりしていて、それでもやはり‥‥。
ルゥさんには少し悪い気もするけれど、女性らしい、可愛らしい部分も垣間見えてくる。
つい、ふふ、と笑ってしまいながら。
「はい、勿論です」
もう一度、しっかりと頷いた。
「‥‥ありがとう」
ルゥさんの、ふんわりと優しい笑顔が広がった。


食事を終え、アースミスさんに直接お代を払いながら、また来ますと言い残して店を出た。
「あいよ、気を付けて」
と、笑顔で見送ってくれる姿を背に、もう一度会釈を返してから一度立ち止まる。
店を出てすぐ目に入る噴水の周りには、もう先程の話をしていた人はいない。
「‥‥さて、どうしましょうか」
「え?」
ルゥさん、アツシさん、二人の方を振り返り、自然と円陣を組むように立つ。
二人の顔をちらと見まわしながら、今からどうするかを考える。
「‥‥もう一人、どなたか来て頂くか、それとも‥」
店を出て、左の通りからの門を潜れば、ポーンギルドもある。
そこでもう一人、旅の仲間を募るのもいい。
それとも、あるいは‥‥。
「ああ、ちょうどハゥルはギルドの用事でちょっと忙しいのよね。良かったら、このまま行こう?」
ルゥさんも、私の考えを察したのだろうか。
私に覚えのある範囲では、ルゥさんとハゥルさんはいつも一緒だったから、居てくれるのが当たり前になっていた部分もあるのかも知れない。
その言葉に、向かう先三人で大丈夫だろうかとも思いつつ‥‥。
でも、私が思うよりも急ぎの用で、そしてよく知れた間柄の方が都合いい事が有るのかも知れない。
「‥‥わかりました。行きましょうか」
「はい」
アツシさんと一度顔を見合わせ、頷き合う。
「ありがと。‥セッちゃん、アツシさん」
ルゥさんの言葉を合図に、私達は領都の玄関先、大きな門の外へと向かった。

物騒な話の真相を追う私達とは裏腹に、外の風は心地よく、空は晴れている。
どんな穏やかな気候の下でも、平和な日常の中にも、大小関わらず事象は起こる。
覚者となってから、それまでのただ穏やかなだけの生活とはがらりと変わった。
けれど、決して辛い事ばかりではない。
こうして、信頼のおける、そして素敵な仲間とも出会えたーー。
逞しい背中の、一歩後ろ。
私の方からアツシさんの腕をそっと掴むと、気付いた彼が振り返りながらふわりと笑う。
そのまま、手を繋ごうとして‥‥でも、同じく此方を振り返ったルゥさんの視線に。
思わず手を離しかけると、そこへ。
「‥‥え?‥あっ」
とん、と不意に肩を押されてアツシさんの方へとよろめいた私を、彼の腕が抱き留めるように支えた。
それを見届けたルゥさんが、ふふっと悪戯っぽく微笑った。
「‥‥あの時もさあ」
「‥‥?」
特にアツシさんの方に視線を注ぎながらのルゥさんの言葉に、彼の肩が僅かにびくりと動く。
「‥‥ル‥」
「ううん、何でもない♪」
途中で言葉を止めたルゥさんに、アツシさんは却って肩を大きく動かしもう一度びくりとする。
そういえば、あの時もこういう遣り取りがあった。
私達が初めて出会った、あの時。
それも思い出しながら、思わずクスリと笑ってしまい。
アツシさんにばつの悪い表情を向けられながら、それでも笑顔を返してみた。
すると彼は困ったように微かに笑って、少し前を歩き始めた。
ーー照れ隠し‥‥というと、言い過ぎだろうか。
「あのねえ、アツシさんたら‥何も訊いてないのに私にねえ。セ‥‥」
すっと音も無く隣に寄って来て、耳打ちするように、でも落としきれていない声でルゥさんが言いかけた時。
「——ルゥさん?!」
「あ~、はいはい」
足を止め、じろりと視線を送るアツシさんに、ルゥさんがおどけるように両手を挙げて見せた。
「ごめんねセッちゃん、またこっそり教えてあげるね」
「しなくていいです」
低い声で直ぐに制止を入れる彼に、今度はぺろりと一瞬舌を出しあははと軽く笑う。
「はいはい、ごめんごめん☆」
ついその場で笑いだしてしまう私に、彼は更に困ったように小さく溜息一つ。
そんな私達を置いて、ルゥさんは軽快な足取りで先へと進み始める。
「まあ、私が何か言わなくてもさあ。充分毎日甘い言葉を‥」
「ルゥさん!」
今度は、私もびくりとする番だった。
アツシさんの制止に、それがかえって恥ずかしさを感じてしまう。
「はーい、もうしません☆——さ、遅くならないうちに行きましょ」

相変わらずなルゥさんのペースに、知らずのうちに私も乗せられてしまっていた。
此の先に待つ、全く得体も知れない、不確定な要素‥‥そんな不安も飛んでしまいそうだった。
「こっちこっち。カサディスにもだいぶ近いとこなの。ちょっと時間かかるよ」
ルゥさんが指さした先は、またも険しい峠を越える道。
今からだと、確かに到着する頃にはそこそこ遅い時間になるのかもしれない。
何とか暗くなる前に、峠は抜けてしまいたい。
「少し急ぎましょうか」
アツシさんも、いつも通りの落ち着いた声でそう促した。
私達も共に頷き合い、峠越えの山道へと急いだ。

カサディスから近い場所にあるという、”魔女の森”。
そんなところがあるなんて、文献では読んだかもしれないけれど‥‥。
村でただ魔法をかじってみていた頃には、実際に行ってみる事など考えもしなかった。
見も知らぬそこには一体、何が待っているのだろう。
今、何が起こっているのだろう。
そして、ルゥさんは、何を知っているのだろう‥‥。

考える事は、沢山あれど。
先ずは、この峠をスムーズに越えなければ。
今はただ、胸の奥でざわつく気持ちとは裏腹に‥‥爽やかな風と穏やかな陽を受けながら。
ただ、皆で先を急ぐ事しか出来なかった。
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