表記について

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ーー明けて早朝、まだやっと陽が昇り始めた頃合い。

窓から薄っすらと射し始める光に、広い部屋の隅の寝台に身を埋め眠る姫の瞼が揺れ、肩口がもぞりと動く。
瞼が瞬き開かれるにつれ、琥珀の瞳が陽を受け輝きを増す。
暫く横向きの姿勢のまま、視線だけを僅かに動かし……。
「……イオリ…さま…?」
目が覚めると傍らから消えていた、想い人の名を呟く。
それから小さく息を吐きながら、ゆっくりと気だるさの残る身を起こせば……。
一糸纏わぬ肌を朝の冷えた空気が包み、微かな身震いを起こさせる。
その肌寒さから身を庇う様に掛布を胸元へたぐり寄せ、部屋一帯を今度は首を動かし見渡す。
そしてやはり、すっかり気配が無い事を確認し…胸元の首飾りをーーその先に下がる指輪を弄びじっと見詰める。

昨晩、どうしてもーー謁見の場での会話に納得が行かなかった姫は。
イオリに時間を作って部屋を訪れて貰い……。
彼から全て話を聞いたうえで、何度も強く互いを求め合ったのだった。

ーーその時の覚悟は、出来ています。
はっきりとそう告げた、彼の深く強い眼差しに涙を誘われて。
そんな事が起こらなければ良い…、何時までも傍に居て欲しいと、反射的に縋りついた暖かな胸に。
幾らか涙を流し切るまで、暫くの間優しく身を包んでくれていた逞しい腕に。
安堵の気持ちを得ながらもーーどうしてもその時、彼の存在感を焼き付けておきたかった。
もしも、"神"がーーという話を聞いてしまっては。
どうしても、言い知れぬほどの不安に飲み込まれてしまいそうだった。
見上げれば穏やかな眼差しで覗きこんでいたイオリの、優しい面差しの彼の唇へと自らも顔を寄せ口付けてーー。

熱く、息苦しさすら感じる程に強く素肌を重ね。
眼が眩むほどの快楽の渦の中で手を伸ばせば、此処に居ると示すように握り返し…固く抱き締めてもくれた。
うわ言のように名を呼べば、何度も甘い囁きで応え…その唇を熱く重ねてくれた。
深く強く、けれど優しくーーー身も心も蕩けそうな程に熱く愛を刻んでくれた。
遂には、その腕の中で共に意識を堕とし……。
幾時かそのまま眠り、ひとり目が覚めた今に至る。
イオリも常に役目があり、忙しい身だ。
姫を起こさぬようにそっと褥を抜け出し、静かに部屋を後にしたのだろう。
特に今日は、彼には大事な役目がある。
幾人もの中より選ばれた、姫の"護り手"でもありながらーー城を守る兵達の指揮官でもある。
きっとこのような人気のあまり無さそうな時間から、指示を飛ばして回ったりしているに違いない。

そんな彼と、ただ二人きりで過ごしたーー自分だけに許された時間の記憶を、脳裏に思い焦がしながら。
片手で指輪を握り込み、そしてもう片手を自らの肩を抱くように回し包みーー。
「………。」
瞳を閉じ、瞼の奥に彼の姿を見ているかのように、自然と微笑みを溢した。
昨夜の彼の話に、どうしても胸騒ぎが収まらぬものの。
今日という日が、全て無事に終えられるようにとーー。
複雑な感情の入り混じった顔を上げ、姫は指輪を握ったままそっと胸中で願うのだった。
次第に明度を増しながら窓から射し始めた朝陽に、祈りを込めるように。
ーーそう、姫はーー彼女はーー此の後。
皆の前で神々に祈りを捧げる儀式を執り行う、姫巫女なのだ。
……ならば、と……。
密かにこの場で、彼女自身の祈りを捧げたかったのだろうか。

どうかーーわたくしの願いを、お聞き届け下さい。
ただありのままの、純粋な願いをーーー。

自ら多くは望まない。
本当に大切なものを、失うことの無いように。
ーー例えそれが、"神"に逆らう事になろうともーー。
ただあの方の…傍に居たい。
……本当にただ、それだけなのです……!

またも流れようとする涙を、薄紅の唇を引き結び堪える姫のその顔はーーー図らずもとても強く美しかった。


やがて、部屋の中に外からの光がはっきりと射し込むにつれーー。
扉の外から、微かな物音が立ち始める。
もうそろそろ、侍女が食事と身の回りの品を持つ頃合いだろうか。
数回軽く、扉を叩く音。
それに短く応えれば、やはり見慣れた侍女の顔が覗いた。
ーーいよいよ、今日と云う日が始まり、"儀式"への支度が始められようとしていた。

姫にとってーー彼女がその生を終える間際まで、決して忘れられなくなる日が……。

青い空に白い雲の浮く良く晴れた空と、その下に爽やかな風の吹く、ただ穏やかな朝の様子からはーー。
よもや此の後それが一変して此の国自体の危機に陥るなどと、姫自身も想像出来なかったに違いないのだから。

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