表記について

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6

ーーそれでは、自分とイオリの関係は……。
実は元より許容されている、いや……。
こうなる事も想定されていた事だ、というのだろうか。

「……じゃあ……母様は……」
膝の上でぎゅっと、姫が指を爪立たせ拳を握る。
シキとの視線は逸らされない。
むしろ、彼の意思表示を求めている。
「ーーええ。一族繁栄を願うのは……、やはり人の常と言えましょう。そしてそれが、王族となれば…尚更です」
シキも、そして姫も…。
姫が適齢になればやはり、一族の為に婚姻を結ぶのが当然だとーー解りはするのだが。
「……では、わたくしは……」
そう呟きながら更に指に力を込めて握り、手を震わせ俯く姫に……。
シキはその手に自身の手を重ねてふわりと握り、
「あなた様は、確かに巫女様に……大事に思われていますよ」
穏やかに、姫が皆まで言わなかった言葉への答えを重ねた。

「巫女様の……。そう、あなた様の父上様は、早くに亡くなられたと聞きました。…きっと…、その方法がどうであれ、あなた様の行く末を気にされておられるのでしょう」
姫がおずおずと視線を上げるとーー一度シキは軽く頷き姫の手からその手を離し、自分の胸元へと軽く当てた。
「此の国ではーー竜は神格化されていますね」
その言葉に、姫はふと首を傾げた。
ーーそう……。
そもそもシキ自身も、"此の国"の者の筈。
「……昔、昔の噺(はなし)です」
彼は視線を合わせないまま立ち上がり、窓へ向かい進みーー細い息を吐きながら静かに語り出す。
窓から覗く夜空に瞬く星々を見回しながら、ゆっくり息を吐く。
そのまま窓辺を動かない、遠い目をした彼の相目には……。
少し影を落とした鶯色の瞳には、何が映し出されているのだろうか…?
姫からはその表情は見えないものの、彼の背中にはまるで哀愁が漂っているように空気が冷え澄んでいた。
窓から吹き込む、放射的に冷えた春の夜の外気の所為だけでは無いだろう。

「此処より遠く、海を隔てた大陸にーー山々に囲まれた小さな国が在りました」
まるで物語を紡ぐような調べに、姫は思わず着物の裾を軽く捌いて居住まいを正し、黙って聞き入る。


ーー其処はまだ若くも武に長けた勇ましい新王の治める国。
当然、兵も猛々しい精鋭揃いで…。
皆手柄を競って王からの褒賞や名誉の獲得を狙う者ばかりでした。
その中に、ひとり。
剣と魔法を同時に駆使して操れる、髄一の"魔法騎士"としてーー。
人々より、才が高いと口々に評される若者が居りました。
その者もやはり、周りから自分を高く見られる事に…謙遜はしながらも、決して悪い気はしませんでした。

血気逸る其の国にも、やはり其の国為りの日々が平和に過ぎていた或る日のこと。
空気が更に張り詰めたものに一変しました。
見張りからの伝令で招集されたその場の、視線の先に見えたものはーー。
真っ直ぐ飛来する、赤いもの。
ーー”竜”でした。
普段は皆、口々に武功を自慢し、そして強気な言葉を豪語するものの…。
実際には眼前で見る竜の、その大きさと威圧感、そして本能から感じる恐怖に…皆動けなくなるものです。
その中で、ひとりの若者がーーそう、その"魔法騎士"がーーやはり畏怖は感じるものの、進み出たのです。
"皆に出来なくても…私ならあの竜に一矢報いれるかも知れない"、そんな……慢心とも云える気持ちがあったのでしょう。
王や皆からの、その中に僅かではあったかもしれませんが期待を込めた視線を浴びながら…。
ーー"魔法騎士"は戦いを挑んだのです。
この国とは違い、竜は破壊をもたらすもの、とされていましたからね。
倒すことは難しくとも、打ち払う事が出来ればーー其の国の国風からすれば、間違いなく「英雄」とされたでしょうね。

勿論、現実は甘くはありませんでした。
鱗は硬く、剣も魔法も思うように通らず…。
巻き添えを食った仲間がばたばたと倒れゆくのを傍目に捉えながら、"魔法騎士"はーー次第に焦燥感だけに囚われていったのです。


そこで一旦、話は途切れた。
シキの胸元に当てられた手に、僅かな震えと共に力が篭るのがーーただ背中を見守る姫にも何となく感じられた。
「……そして……」
呟くようにもう一度切り出しながら振り返り、姫の元へともう一度歩み寄る。
シキの指が、彼の衣服の留め具に掛けられ……。

「……?!」
姫が驚きで咄嗟に口に手を当て、言葉もなく息を呑んだ。

ーーぐいと抉じ開かれたシキの胸元にはーー引き裂かれた痕のような、大きな傷跡が在った。
「ーー竜にーー心臓を奪われたのです」
目線では真っ直ぐ姫の姿を捉えながらも……、その瞳の奥では何か別のものを見ているようだった。
うっすらと、自責と悲嘆の色すら浮かべて。

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