表記について

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2

其々が剣と杖を握り締め、駆け寄る先。
目指すものはーー燃えるような赤い鱗を纏う竜。
そして‥‥。
「ーーアヤ様‥!」
一旦立ち止まったイオリが、剣の切っ先を狙いを定めるように竜に向けながら‥‥口にしたその言葉は、しかしながら語調が強い。
ーーあくまで冷静に見えた彼にも、やはり焦りはあるのだ。
そう、ほっとしながらも。
強張った表情のまま、シキも斜め後方から杖を目の前に翳し構え、術に対する集中を高める。

ーーと。
「‥‥な‥‥に‥?!」
不意に彼の目が僅かに見開かれ、ゆっくり構えた杖を下ろした。
イオリも、シキの突然の変化に一瞬訝し気にそちらへ視線を流す。

「‥‥‥シキ様?」
シキもーーそして竜も、互いを見据えて動かない。
「‥‥‥。」
「‥‥‥?」

俯き加減に首を落とし、細く長い息を吐き‥‥シキがゆっくりと一度目を閉じた。
そして、杖を握る手が完全に力無く下ろされる。
「シキ様、何を‥‥」
イオリがシキの顔を覗き込もうとした瞬間。
「ーーシキ‥‥、イオリ様‥‥」
細々と響く姫の声が届いた。
「アヤ様!‥今‥」
「‥‥わたくしは、いいのです。どうかあなた方は‥‥」
「何を‥!駄目です、あなたは‥‥!」
泣き笑いのような、ともすればそのまま竜の腕の中へ消え入りそうな‥‥儚げな表情で訴える姫の言葉を、イオリが強く遮る。
「ーーそうです‥」
杖を握る手に力を込め直し、シキが目と口を同時に開いた。
「馬鹿馬鹿しい。誰が‥‥そのような戯言を聞き入れるものか」
開かれた目から覗く眼差しは、今まで以上に鋭い。
「ーー失って後悔するくらいなら‥。例え我が命失おうとも……私は戦う!」
目を鋭く細め竜へ杖を突き付けるシキのその気迫に、イオリは息を呑み……。
そして空気を察すると、再び剣を構え直した。
相対する竜の目も、ぐっと細められた。
そして、姫を掴んだ腕を下ろしーー。
その手が拡げられ、姫の身が竜の手中から解放された。
「ーーーー!」
ぐったりと力の抜けた細身の体が踊り場へとよろめき倒れる瞬間、イオリが駆け寄り抱き止めた。
「アヤ様…!」
「…イオリ…さま…」
イオリは己の腕の中で力無く微笑む姫に、僅かながらの安堵を貰う。
口を開き、何か返そうとした刹那。
ーーーーオオオオォォ‥‥!
「ーーくっ‥!」
「ーー!」
空間が震える程にびりびりと身に受け感じられる、竜の大きな咆哮が響いた。
再び竜が強く羽ばたき、至近からの突風が起こる。
背中を自然と押されるように、そうしなければ飛ばされてしまうかと思う強風を受けながら。
イオリは瞬時に姫を抱き抱え、その場をシキの更に後ろまで退いた。
「どうか下がっていて下さい」
「ーーイオリ様‥」
「大丈夫ですから」
内側の部屋へと続く御簾の側で姫を下ろし、強く微笑んで見せる。
その表情は、とても戦闘態勢を取る者とは思えない優しいものだった。
ただそれは、息つく程に短い間の事で。
イオリはまたも、表情を固く戻しながら竜と対峙するシキの背を振り返る。
竜とシキとの間に、には聞けない意識下だけでの遣り取りがあったのだろうか?
シキのその口調からすると、きっとーー何か不毛な条件突き付けられたに違いない。
それを断る事、つまり‥‥。
決裂し、再び竜に対し攻勢に出るという事だろう。
剣を握り直し、駆け寄ろうとした時。
「…イオリ殿。姫様を連れて退避を」
「ーー⁈」
姫とイオリ、二人が同時に息を呑んだ。
「シキ‥様‥」
「ーーシキ…?」
二人の困惑の声に呼ばれたシキは、竜へ向かいすくと立つ姿勢は変えぬまま、顔だけを僅かに振り向かせた。
「此処は長く持ちません。早く」
促す言葉に、誰も返事が出来ない。
「早く!!」
強く短く、もう一度。
「しかし、私も‥!」
強く言い切るシキの肩へと思わず手を伸ばし、歩み寄ろうとするイオリに。
改めて振り返ったシキは、まるで普段と変わらない穏やかな表情を向けた。
「貴方は‥"護り手"でしょう」
イオリが反論する余地を与えず、シキが続ける。
「ーーこれは…私が選んだ戦いです。巫女様には、私自身で責任を取るとお伝え下さい」
丁寧ながらどこか重みを感じる言葉に、イオリは何も言えず‥‥唇を噛み締めながらぐっと拳を握った。
姫はというと、ただ、力無くいやいやと首を小さく振り続けている。
「……そんな……いや……、嫌ぁ…!」
手で頬を覆うように包み、血が滲む程に爪を立てているその上からーー少しずつ輝くものが溢れ出てくる。
「ーー姫様」
その様子に、シキは胸に手を当てながら柔らかく微笑んで。
「私は簡単には死にません。…ご存知でしょう?」
鶯の瞳が、きらりと強く輝く。
それを引き金にしたように、姫の喉からは却って嗚咽さえ漏れ始めーー。
「‥‥でも‥‥、でも‥!すべて…わたくしが…」
駆け寄ろうとすらした姫を、イオリの腕が強く包み引き止めた。
「ーーアヤ様‥いけません」
「‥‥イオリ様‥?!だって…!」
釈然としないままながらも、竜とシキの間にはーーこれ以上立ち入ってはいけない空気すら感じる。
自らも苦い表情で姫の歩みを止めたイオリが、シキの目を見詰めゆっくり頷いて見せる。
ふっ、と微笑み頷いたシキが、再び背を向けた。
「ーーあっ⁈」
「ではーー行きます」
イオリが姫を抱え上げ、短い合図を出してみる。
するとやはり、
「お願いします」
と、視線が竜を捉えて動かさないままのシキから短い応えが返る。
「‥‥外で待ちます。どうかご無事で」
イオリの、押し殺したような声の呼び掛けに。
今度は返事の代わりに、杖が高く振り上がった。

二人の戦士の間には、いつの間にかーー言葉を長く交わさずとも、意思の通じ合う絆が築かれていた。


ーーイオリは黙って踵を返し、手を伸ばし泣きじゃくる姫を抱えて駆け出す。
「ーー嫌、降ろして…!イオリさま…!…シキ…!」
イオリの腕の中で揺られながら、階下へ向かう姫の視界には。
シキも再び顔の高さで杖を構え直し、意識を集中させるのとーーそれと同時に大きく息を吸い込む竜の姿が映りーー。

ーーけれど直ぐに、それらは滲んで見えなくなった。


僅かな後、城内を駆け抜ける二人の足元、それに壁や天井が轟音と共にに揺れた。
何度も、何度も。
ぱらぱらと落ちて来る埃、石造りの建屋の欠片。
ーーこの音と衝撃が、あの場で繰り広げられるどんな状況を表すのか。
考えてしまうようで、考えたくもない…複雑な気持ちが胸中で鬩ぎ合い、イオリはより強く固く口元を引き結ぶ。
鎧の隙間から、その下の服の胸元がじわりと温かく濡れてゆく。
姫が顔を胸に預け、静かに啜り泣いている。
……けれど今は、それを慰める余裕も無い。
自分はどれだけ無力なのかを突き付けられたようで、歯痒く虚しい。
ただ精一杯、出来る事をーーせめて決意の妨げにならぬよう、果たすのみ。
姫の背に回した腕を更に伸ばし、頭を覆い庇いながらひた走る。
秀才、一流の術師と称される彼の事。
……きっと、また……。
ただそう信じて。

廊下を駆け抜け、玄関先へあと少しというその時、音と揺れが止んだ。
異変に、ふと天井を見上げた瞬間。

天井にひびが走り、がらがらと音を立てながらーー石つぶてが降り注ぎ始めた。
ーー光が見えた。
‥‥あと少し、もう数歩‥‥!

耳が痛くなる程の、唐突な大きな音と衝撃。
「ーーー!」
「ーーあ‥!」
姫とイオリ、二人の視界が、意識が‥‥。
糸がぷつと切れるように、真っ暗な闇の中に閉ざされた。

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