表記について

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5

―――ツナ‥‥。
微かに、声が聞こえる。

この声は‥‥。
暗闇の中、必死に手を伸ばす。
‥‥それすら、出来ているのか分からないけれど‥。

「‥‥セツナ‥‥!」
―――と。
はっきりと耳に届いた声と共に、ふわりと手が包まれる暖かい感触。
よく知っている、優しい感覚。
恐る恐る、うっすらと目を開けれてみれば‥‥。
「‥‥ん‥‥」
暗闇から脱した明るさに、一瞬、目が眩む。
反動でぎゅっと目を閉じ、もう一度ゆっくりと開け直してみる。
「―――ここは‥?」
天井から吊るされたランタンの明りの灯る、何処だか分からない小部屋。
石造りの壁に囲まれた中、木の柱や板を張り巡らせて住居のように空間が設えられている。
窓はなく、薄明るい程度だけれど‥それでも闇を払った後のように、視界が眩い。
その中で、私はというと‥‥。
床の上の毛皮の敷物の上に、いつの間にか横たえられていた。

確か、先程までは迷宮の探索を‥‥。
目を瞬かせ、自分の中にある記憶を手繰り戻しているうちに。
「———セツナ!」
「‥‥あ‥!」
まだ思うように力が入らない体が抱き起され、温もりの中に埋め込められた。
「良かった‥‥!」
肩口に顔を埋められ、首筋に声と熱が直に伝わる。
その暖かさに、訳が分からずも‥そっと温もりの先へ手を回してみる。
逞しい腕、背中、低く穏やかな声‥‥。
「‥‥‥」
自分の中では分かっていても、何故か直ぐには名前を口に出せない。
それはやっぱり‥‥さっきまで見ていたあの映像が‥‥?
戸惑い目を泳がせてしまうその間にも、力が緩められ、顔が向かい合う。
「‥‥セツナ‥‥」
改めて目に入った、未だ不安の表情を浮かべ覗き込むその人の顔は。
紛れもない、いつも傍に居てくれる‥‥強く優しい‥‥。
「‥‥アツシ‥さん‥‥」

やっと口から出た私の声に、彼の顔がふわと綻ぶ。
「もし、このままあなたが、目を覚まさなかったらと‥‥。ーー良かった」
「‥‥あの、ここは‥?私は‥‥」
私の短い質問に、アツシさんが落ち着いて順を追って説明してくれた。
ーー私は、先程まで居た螺旋状の階段が続く部屋で、魔物に階下へと落とされたのだと。
そしてそこを何とか間一髪、彼が抱き留め共に床面へと落ちたのだと。
その後、私を庇って負傷した彼は何とかこの隠れ部屋のような場所へとーー。
一緒に探索を続けていた仲間達と共に辿り着き、リムでの回復を図りながら私に付いていてくれたのだと。
「‥‥あなたが無事で、良かった」

相変わらずな私の不注意の所為で、大変な目に遭いながらも。
彼のその柔らかな言葉と表情に、胸が詰まり‥‥。
気が付けば今度は自分から、彼の胸に縋りついていた。
次々と涙が溢れて頬を流れ、嗚咽が漏れ止まらなくなる。
そんな私を、そっと、けれどしっかりと背中へと回してくれる温かな腕に、安堵を覚えながら。
暫くこのままで居たい、そう願った。
今、紛れもなくこの人は‥‥。
優しい声を、確かに届けてくれている。
そして、しっかりと優しく抱きしめていてくれている‥‥。


そうして強く優しい暖かさに包まれているうち、気持ちが和らぎ落ち着いてゆく。
涙を軽く指で拭き、顔を上げてみれば‥。
木々の間から覗く朝の陽射しのような‥‥そっと、けれどじっと覗き込むような、柔らかな彼の顔。
「‥‥あ‥‥、えっと‥‥」
「———はい」
促すように、けれど問い質しはせず。
どんな小さな事でも逃さず聞き入れてくれる、そんな彼の返事はーー心地よくて。
でも、却って気恥ずかしく感じてしまう。
「‥‥あの‥‥。そういえば‥‥お二人は‥‥」
そう、此処での探索には、二人の心強い仲間が居てくれた筈。
ーーイージスさんと、ルインさんは‥?
「彼女達なら‥‥。一度ギルドへ報告に戻られると。領都で少し準備も整え直して来られると仰ってましたが‥」
「そ、そうですか‥‥」
そういえば、任務を終えた帰りだと言っていた‥。
その途中で此処へ来てくれたのだと。
すっかり居てくれるのが当たり前のように感じてしまう安心感が、彼女たちにはある。
彼女達も、常に忙しい身なのに。

‥‥‥暫しの、沈黙。
彼女達が此処に居ない、と云うことは‥‥?
改めて、私達が置かれている状況に気付いて。
そして何故だか分からない反動で辺りを見渡す私にーー。
「‥‥何か?」
「え?‥‥あ、あの‥‥、えっと‥」
流石に気にされてしまった事に、目を泳がせてしまいながら。
しどろもどろな言葉しか出ない私の頬に、彼の方を向かされるように手が優しく添えられた。
余計に照れてしまい、言葉も出なくなった口に、そのまま。
「————」
彼の唇がふわりと重なり、直ぐに離れた。

一瞬意識が追い付かず、目を合わせたまま更に優しく微笑む彼の笑顔に、そこでやっと大きな恥じらいが押し寄せて来る。
「‥‥あ、あの‥、アツシ‥さ‥‥」
ーー遮るように、短く‥‥もう一度。
「‥‥あなたが居なくなったらと‥‥締め付けられる思いでした」
彼の表情から、笑みが少しずつ引いて。
真剣さを帯びる瞳に、吸い込まれるように目が離せなくなる。
「——ごめんなさい‥」
つい、謝ってしまう私の言葉に、けれども彼は頭を振る。
「いえ‥謝らないで下さい」
そして、ぐっと額を寄せて。
「ただ‥あなたが居れば‥‥私は‥‥」
まるで胸の内まで覗き込まれるような眼差しに、目を開け続けている事が堪えられなくなって‥。
逸らそうとした顔を、ぐっと強く彼の視線と真っ直ぐに向けさせられた。

「——セツナ。」

優しくゆっくりと、唇を重ねながら。
彼が囁いた言葉に、体中に新たな熱が籠る―――。

”‥‥愛しています‥‥。”

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