表記について

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7

僅かながらも、壁の向こう側から確かに感じる気配に、二人で床から立ち上がる。
何気なく、普段と同じように立ち上がろうとして。
「‥‥あ‥」
一瞬、ふらりと体が揺れた。
‥‥と、すぐに差し伸べられる手に支え留められる。
「大丈夫ですか?」
柔らかく微笑む顔が、やはり傍に在る。
「‥‥あ、はい‥」
安堵しながらも、先程からの流れの中での照れとほんのり走る緊張が収まらない。
「ありがとう‥」
「いえ。‥無理はしないで」
手を握られ、そして掛けられる優しい言葉に、俯いたままで黙って頷いた。
「では、行きますか。お待ちですよ」
「——ええ」
出入り口とも思わしき、崩れた壁の穴へとそのまま向かう。
灯りの無い暗い廊下が覗き見えていて、此処はやはりまだ島の迷宮の中なのだと再認識させられる。
更にその先から冷たい空気を震わせて伝わってくる、二人分の密やかな話し声は‥‥。
共に穏やかで落ち着いた、涼やかで冷静な声。
直接顔を視なくても分かる声の主を、伝わってくる方向へと顔を向け、やはり目でも追い探してみる。
廊下の突き当り、清らかな泉の湧く傍に、居並んだ二人の女性。
髪型は違えど同じ銀色の髪、そして同じ赤い色の瞳を持つ二人の姿が目に飛び込んで来た。
「‥イージスさん、ルインさん‥!」
確認するとともに自然と口から出していた彼女達の名に、柔らかな、そしてもう一つは力強い笑顔が返ってくる。
「セツナ様‥‥!よかったですわ」
二人のうちの一人、魔術師であるルインさんが静かに歩み寄ってきてくれた。
続いて、剣士のイージスさんも目を合わせたままこちらへ向かって来る。
「お二人とも‥ご無事で何よりです」
二人が其々に掛けてくれる暖かい言葉に、胸がじわりと温まりこちらも笑顔になる。
「すみません‥‥、ご心配かけました」
軽く頭を下げてもう一度二人に向き直ると、居並んだ二つの柔らかな笑顔が改めて嬉しくなる。
何事もなかったかのように、けれども安心したという思いを黙って表情に浮かべていてくれる。
二人が居てくれたからこそ、領都で請け負った先の任務でも、そしてこの島の探索も勇気付けられて進めるのだと。
「‥ありがとう」
言葉には出せていないけれど、いつも感謝している。
短い言葉と共に笑みを返せば、二人も更に目を細めて頷いてくれた。
「‥‥私達も出来る限り、お力添えさせて頂きますわ」
「任せてください」
その言葉に、私もしっかりと頷いた。
「ーーはい。また、よろしくお願いします」
私とアツシさん、それにイージスさんとルインさん。
皆で顔を見回し合い、それぞれに頷き合った。

「それでは‥‥ああ、そうですわ」
ルインさんが、そっと一本の瓶を差し出してきた。
透明の水が入ったそれは、先程いた小部屋からの僅かに漏れる灯りにもきらきらと反射している。
「あの、泉の水なんですけれど‥お持ち頂けば何かのお役に立つかと」
受け取ってみると、ほんのり手の中で暖かく感じる。
「ありがとう‥」
「いえ。それに、もし宜しければ‥」
彼女はにっこりと微笑んで、手を泉へと差し伸べて。
「一度、あの泉でお体を清められてもよろしいかもですわ。ずっと探索続きでお疲れでしょうし」
「‥え‥」
不意の言葉に、思わず返事をためらう。
「‥‥そうだな。私たちは向こうでゆっくりして来たから良いのだが」
イージスさんも、腕組みしながら頷く。
そして、ちらと私の隣へ視線を流して。
「それくらい構わんだろう、アツシ殿」
「‥‥?私は何も‥」
思いがけず話を振られたアツシさんが、ぼそりと言葉を返す。
「ーーそうか。ならばこちらへ」
「‥‥?!」
そうすると、即座に手を引かれて彼女たちの居る方へと引き寄せられていった。
「では、私たちは今一度リムへ戻りますわ。‥どうぞごゆっくり」
にっこり明るい笑みを向けるルインさんがゆっくりと手を振りながら、そしてアツシさんの腕を掴んだままのイージスさんが足早にリムへ消えていく。

少しの間に展開した状況に、思考が追い付かず遅れを取りながらも。
三人の様子に、思わずふふっと笑ってしまう。
「ありがとう‥ちょっと待ってて下さいね」
久しぶりにゆっくりと埃と疲れを流せるのだと、場所が場所ながらも嬉しくなってくる。
まずは今しがた受け取った瓶を小袋に入れようとして、中に入れていたものが目に付いた。
薬草が少しと、布と‥‥”チョコ”と‥‥、円い紫色の石。
ルゥさんやハゥルさんと探索した遺跡で貰ったものと、手に入れたもの。
チョコは、きっとここから帰ってから。
そして、石は‥‥。
「‥‥あっ?」
手に取ってみると、自然と音も無く崩れた。
この石は、あの遺跡で戦った蒼い竜が‥‥。
そこでふと、或る事に思い至る。
ーー蒼い‥‥?まさか‥?!

”私は簡単には死にませんよ‥”
そう言って、力強く微笑んでいた人。
人としての体を失っても、永い時を経て‥‥ずっと‥‥?
そして、本当の最期にあの遺跡での戦いの後、私の持つ杖に全ての魔力を‥?

ハゥルさんが、持っていれば加護が在るかも知れないと云っていた。
もしかしたら、あの高い階層から落ちてアツシさんと二人助かったのも‥‥と、確かではないけれどそんな気がして。
胸に言い表せない気持ちが押し寄せ、砕けた石の欠片を取り溢さないように両手でぎゅっと握り込んだ。
目を閉じ、それを胸に抱えるように抱き込んでいると‥‥。
瞼の裏に、穏やかながらも力強いあの人の微笑みが浮かんできて。
「‥‥シキ…さん‥‥」
呟いた名と共に、自分のものでありながらまるで知らない誰かのもののような感情が。
目の端から暖かなものとなって零れ落ちた。
ーーありがとう…。
先の遺跡では色々な出来事があったけれど。
最早、怒りや恨みのような激しい感情などは微塵にも残っていなかった。
ひとつの石としては形を失ったけれど、これらの欠片も持って帰ろう。
私たちの一対の指輪、そして石の欠片。

全部、一緒がいいーー何と無くそう思えて。
一枚の小さな布に包み込んで、小袋にそっと入れ直した。

もう一度泉の方へと上げた視線の先に、恭しく礼をしながら微笑むひとの姿が見えた気がした。
ーーきっと、無駄にしませんから。
誰もいない筈のそこへ、小さく礼を返してみる。
譲ってくれた力と、守ってくれた命。
ちゃんと此処から帰れるように、そしてその先も‥‥きっと。

この場所を出たら、また沢山の戦いが待っている。
しっかり疲れも癒して、そして気持ちを引き締め直さなければ。
そんな雰囲気とは無縁であるかのように静かに流れ落ちる水の、そしてそれらを受け湛える泉の輝きに、今は少しだけ身を休めよう。
沢山の、皆の暖かな想いと共に。
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