表記について
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・最新の更新ページには、★をつけておきます。そして、画像を新に貼ったページには、☆をつけておきます。
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暫し、周囲の空気が震える程の大歓声に包まれていた姫が、もう一度群衆に向けてしなやかに礼を添えて踵を返した。
僅かに俯き加減で淑やかに数歩進み、そして踊り場の隅に据えられた祭壇の前で立ち止まった。
すると機を計らっていたように、徐々に歓声は鎮まりゆく。
ーーいよいよ、と云うべきだろうか。
姫の周りを取り巻き始めた厳粛な空気に、庭園に集う群衆も、シキやイオリをはじめ傍に控える者達も、一様に固唾を呑んで静粛にただその様子を見守る。
姫はそこでようやく顔を上げ、まるでそこに何かを視るように視線を真っ直ぐ向け‥‥。
ゆっくりと静かに両手を大きく拡げ、そして胸の前で打ち合わせた。
先程とは打って変わった静寂の中、姫の打つ柏手の音だけが響く。
「ーー天地司る‥‥八百万の神々、精霊よ‥‥」
そしてその音の余韻が消えぬうちに、姫が頭を下げ、今度は手を胸の前で組み合わせながら”祈り”の言葉を紡ぎ捧ぎ始める。
涼やかでありながら凛と響く空間の隅々までよく通る声に、此の場に居るもの全てが目を閉じ頭を下げて聞き入っている。
「‥‥どうか此の新たな日に、祝福とご加護を‥‥」
もう一度、手が打ち鳴らされた。
決して派手な音ではない、けれど皆のもとへしかと届く切れの良い音。
その音を合図にするように一同が顔を上げると、そこにはーー。
小柄な身ながらも纏う空気がすらりと見せ立つ、そしてどこか柔らかさは消えないものの、引き締まった表情の姫の横顔。
まだ儀式は始まったばかりだというのに、既に今まで以上にしかと自身の役割を果たしたかのような凛とした姿に。
見る者全てが、その存在にすっかり見惚れてしまっていた。
嘗てのイオリと同様、はっきりとは分からないであろう遠くから見ている者すら、瞬きすら忘れたように見入っている。
しかしそこへ、更に人目を引く人物の影が御簾越しに写し出されーー。
それからあまり間を置かず、幕が引かれはっきりと姿が見て取れるまでに現れた。
それと共に、今まで以上の歓声や個々が漏れ呟くざわめきがどよりと起こる。
「‥‥おお‥何と‥‥!」
「--あのお方は‥!」
ゆったりとした重ねの着物を身に纏い、姫と同じ黒髪を高々と結い上げーー額には同じく紅い石の額飾りが輝いている。
着物から覗く細くしなやかな指は、煌びやかな金の装飾の施された杖状の祭器を、両手で捧げ持つように携え。
その杖の見事な装飾にも全く見劣らぬ、白い肌に映える琥珀の瞳の輝く切れ長の目と鮮やかな紅を引いた唇が織りなす顔立ちは、もはや人形の造形であるかのように隙無く整っている。
杖とひと揃えで完成しているかの如き、この世のものとは思えぬ美しさを誇るその女性が、一歩ずつ優雅に歩を進める毎に。
一度に辺りから一切の音が消え‥。
周りに控えていた者達も、そして姫も、頭を深々と下げ胸に手を当て、最高位の敬意を表し傅く。
ーーそう、この絶世の美女ーー目にする者すべてを平伏せさせる気品と威厳を兼ね備えた女性こそが‥‥此の国を治める巫女王、そのひとなのであった。
「‥‥くるしゅうない‥‥表を」
涼やかに紡ぎ出る言葉に、皆、更に畏まりながら黙って顔を僅かに上げた。
普段、謁見の間で対面する時とは違い、今この場には隔てるものが無い。
それ故か、視線も合わせられずその足元だけを捉え続ける。
「ーー我が姫よ」
「‥‥はい」
呼び掛けられた姫が、短い返事と共に更に深く頭を下げる。
巫女王はその頭上に一旦杖を高く掲げると、ゆっくりとその下、俯く顔の高さまで下げ‥‥。
「此度成人の身と為りし其方に‥是を授ける。受けるが良い」
更に僅かに目線の先へと差し出された杖を、姫は頭を下げたまま、その掌に受けるように差し伸ばした。
「ーー謹んで‥お受けいたします」
巫女王から、姫巫女へ。
杖がゆっくりと、手から手に渡るとーー改めて姫は顔を上げ、そしてもう一度深く頭を下げた。
「其方はいずれ、此の国を継ぐ者。是よりは心して一層の精進を」
「‥はい」
短く快い返事と共に完全に顔を上げた姫が、微笑みを浮かべて杖をその両手でしかと握る。
そして、片手で音は立てずに地に突き立てて持つ。
そのままもう一度、薄っすらと微笑みを湛える巫女王へと深く一礼すると、群衆の控える庭園側へと向かって足を進める。
やがて踊り場の舳先で足を止め、杖を持つ手と空いた手を共に高く掲げーー。
「ーー此の国に‥‥皆に祝福を‥‥。新たな意を以て、神に祈りを‥‥!」
凛と通る声で、天へ向かって呼び掛けるように祝詞の口上を述べた。
姫の声に弾かれるように顔を上げた階下の群衆は、またも一斉に歓声を挙げる。
背後に控える兵士達、それにシキとイオリ、巫女王ですらーーその堂々とした後姿を目を細め見詰めているのだった。
ーー姫巫女と祭器、そのふたつがいよいよ揃った。
そして歓喜に沸く群衆と、身近な者の愛おしむ想い。
大切なものを互いに慈しむ心。
麗らかな春の日に、執り行われた儀式は辺り一帯をーーそして人心全てを、さらに穏やかで暖かな空気で包み込んだ。
姫の成人の儀式はーー此れで、心地の良い余韻と共に‥‥滞りなく終わる筈だった。
けれど運命の歯車は、人の力だけでは到底止められないもの。
ーーまるで風さえも慶びを告げるような暖かな風が、一瞬唸りを上げて強く吹き込んだ。
「‥‥‥?!」
その事に‥‥どこか胸騒ぎを覚えるような感覚にいち早く気付いたのは、そう‥‥。
胸に様々な想いを秘め、今日まで生を保って来た者。
その胸に、心に受けたものと同様に深い傷を持つ者‥‥。
ーー此の国では”神”とすらされるーー「竜」と関わった者。
切れ長の瞳の上に伸びる眉の根が訝し気に寄り、鶯の瞳が惑い曇る。
「‥‥まさか‥‥」
低く呟き、風の吹き込んだ先へとじわりと送った視線の先には。
彼にとって、忘れたくても決して忘れられない‥‥苦痛と畏怖を与える存在であるものの姿が映し出されていたーー。
「--竜‥‥!」
「「ーーー?!」」
押し殺したような声を漏らしたシキの方へと、傍に居並ぶ者達の視線が集う。
皆、其々に息を呑みーー隠せぬ思惑をその表情に浮かべて。
僅かに俯き加減で淑やかに数歩進み、そして踊り場の隅に据えられた祭壇の前で立ち止まった。
すると機を計らっていたように、徐々に歓声は鎮まりゆく。
ーーいよいよ、と云うべきだろうか。
姫の周りを取り巻き始めた厳粛な空気に、庭園に集う群衆も、シキやイオリをはじめ傍に控える者達も、一様に固唾を呑んで静粛にただその様子を見守る。
姫はそこでようやく顔を上げ、まるでそこに何かを視るように視線を真っ直ぐ向け‥‥。
ゆっくりと静かに両手を大きく拡げ、そして胸の前で打ち合わせた。
先程とは打って変わった静寂の中、姫の打つ柏手の音だけが響く。
「ーー天地司る‥‥八百万の神々、精霊よ‥‥」
そしてその音の余韻が消えぬうちに、姫が頭を下げ、今度は手を胸の前で組み合わせながら”祈り”の言葉を紡ぎ捧ぎ始める。
涼やかでありながら凛と響く空間の隅々までよく通る声に、此の場に居るもの全てが目を閉じ頭を下げて聞き入っている。
「‥‥どうか此の新たな日に、祝福とご加護を‥‥」
もう一度、手が打ち鳴らされた。
決して派手な音ではない、けれど皆のもとへしかと届く切れの良い音。
その音を合図にするように一同が顔を上げると、そこにはーー。
小柄な身ながらも纏う空気がすらりと見せ立つ、そしてどこか柔らかさは消えないものの、引き締まった表情の姫の横顔。
まだ儀式は始まったばかりだというのに、既に今まで以上にしかと自身の役割を果たしたかのような凛とした姿に。
見る者全てが、その存在にすっかり見惚れてしまっていた。
嘗てのイオリと同様、はっきりとは分からないであろう遠くから見ている者すら、瞬きすら忘れたように見入っている。
しかしそこへ、更に人目を引く人物の影が御簾越しに写し出されーー。
それからあまり間を置かず、幕が引かれはっきりと姿が見て取れるまでに現れた。
それと共に、今まで以上の歓声や個々が漏れ呟くざわめきがどよりと起こる。
「‥‥おお‥何と‥‥!」
「--あのお方は‥!」
ゆったりとした重ねの着物を身に纏い、姫と同じ黒髪を高々と結い上げーー額には同じく紅い石の額飾りが輝いている。
着物から覗く細くしなやかな指は、煌びやかな金の装飾の施された杖状の祭器を、両手で捧げ持つように携え。
その杖の見事な装飾にも全く見劣らぬ、白い肌に映える琥珀の瞳の輝く切れ長の目と鮮やかな紅を引いた唇が織りなす顔立ちは、もはや人形の造形であるかのように隙無く整っている。
杖とひと揃えで完成しているかの如き、この世のものとは思えぬ美しさを誇るその女性が、一歩ずつ優雅に歩を進める毎に。
一度に辺りから一切の音が消え‥。
周りに控えていた者達も、そして姫も、頭を深々と下げ胸に手を当て、最高位の敬意を表し傅く。
ーーそう、この絶世の美女ーー目にする者すべてを平伏せさせる気品と威厳を兼ね備えた女性こそが‥‥此の国を治める巫女王、そのひとなのであった。
「‥‥くるしゅうない‥‥表を」
涼やかに紡ぎ出る言葉に、皆、更に畏まりながら黙って顔を僅かに上げた。
普段、謁見の間で対面する時とは違い、今この場には隔てるものが無い。
それ故か、視線も合わせられずその足元だけを捉え続ける。
「ーー我が姫よ」
「‥‥はい」
呼び掛けられた姫が、短い返事と共に更に深く頭を下げる。
巫女王はその頭上に一旦杖を高く掲げると、ゆっくりとその下、俯く顔の高さまで下げ‥‥。
「此度成人の身と為りし其方に‥是を授ける。受けるが良い」
更に僅かに目線の先へと差し出された杖を、姫は頭を下げたまま、その掌に受けるように差し伸ばした。
「ーー謹んで‥お受けいたします」
巫女王から、姫巫女へ。
杖がゆっくりと、手から手に渡るとーー改めて姫は顔を上げ、そしてもう一度深く頭を下げた。
「其方はいずれ、此の国を継ぐ者。是よりは心して一層の精進を」
「‥はい」
短く快い返事と共に完全に顔を上げた姫が、微笑みを浮かべて杖をその両手でしかと握る。
そして、片手で音は立てずに地に突き立てて持つ。
そのままもう一度、薄っすらと微笑みを湛える巫女王へと深く一礼すると、群衆の控える庭園側へと向かって足を進める。
やがて踊り場の舳先で足を止め、杖を持つ手と空いた手を共に高く掲げーー。
「ーー此の国に‥‥皆に祝福を‥‥。新たな意を以て、神に祈りを‥‥!」
凛と通る声で、天へ向かって呼び掛けるように祝詞の口上を述べた。
姫の声に弾かれるように顔を上げた階下の群衆は、またも一斉に歓声を挙げる。
背後に控える兵士達、それにシキとイオリ、巫女王ですらーーその堂々とした後姿を目を細め見詰めているのだった。
ーー姫巫女と祭器、そのふたつがいよいよ揃った。
そして歓喜に沸く群衆と、身近な者の愛おしむ想い。
大切なものを互いに慈しむ心。
麗らかな春の日に、執り行われた儀式は辺り一帯をーーそして人心全てを、さらに穏やかで暖かな空気で包み込んだ。
姫の成人の儀式はーー此れで、心地の良い余韻と共に‥‥滞りなく終わる筈だった。
けれど運命の歯車は、人の力だけでは到底止められないもの。
ーーまるで風さえも慶びを告げるような暖かな風が、一瞬唸りを上げて強く吹き込んだ。
「‥‥‥?!」
その事に‥‥どこか胸騒ぎを覚えるような感覚にいち早く気付いたのは、そう‥‥。
胸に様々な想いを秘め、今日まで生を保って来た者。
その胸に、心に受けたものと同様に深い傷を持つ者‥‥。
ーー此の国では”神”とすらされるーー「竜」と関わった者。
切れ長の瞳の上に伸びる眉の根が訝し気に寄り、鶯の瞳が惑い曇る。
「‥‥まさか‥‥」
低く呟き、風の吹き込んだ先へとじわりと送った視線の先には。
彼にとって、忘れたくても決して忘れられない‥‥苦痛と畏怖を与える存在であるものの姿が映し出されていたーー。
「--竜‥‥!」
「「ーーー?!」」
押し殺したような声を漏らしたシキの方へと、傍に居並ぶ者達の視線が集う。
皆、其々に息を呑みーー隠せぬ思惑をその表情に浮かべて。
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