表記について
・R指定表現のあるページには、(※R) を付けています。苦手な方は読み飛ばし下さいませ。
・最新の更新ページには、★をつけておきます。そして、画像を新に貼ったページには、☆をつけておきます。
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例え、複雑な想いの交錯に、どれだけ穏やかな眠りにつき難い夜を過ごしても。
そして半分戸惑いに占められた心持で毎日を過ごしても。
水平から昇る眩い朝陽とともに、静かに夜は明け日々は過ぎる。
姫がーーイオリとシキ、二人の想い人との、それぞれ密な時間を過ごしたあの日から……ちょうど二日後。
僅かな日数でも、姫には長く感じられたかもしれない。
ーーいよいよ、成人後初めての"儀式"を明日に控えた朝。
柔らかな光の射す、そして朝の少し冷え澄んだ風の吹く、裏庭に面した石造りの通路を歩く青年がひとり。
庭の塀沿いに規則正しく並ぶ木立の緑に、流れるように衣擦れする似た色を持つ翠の長衣と艶やかな黒髪が映える。
そして……普段は目立たないが陽を受けると鮮やかに輝く鶯色の瞳が、真っ直ぐ見据える先。
通路の突き当り、城の奥まった部分にある部屋の扉がーー滑らかに伸ばされたその手に数回軽く叩かれた。
「姫様。お早うございます」
「ーーシキ?」
あれ以来ーー様々な想いに胸を焦がし、窓辺でぼうっと佇み外を眺める姫の、肩が僅かにびくりと上下した。
それでも、ちょうど扉に背を向けていた姫はゆっくりと振り返り…落ち着いた声で短く答える。
「どうぞ?」
「ーー失礼します」
一拍置いて返事が、そして一呼吸置いて扉がゆっくりと開いた。
シキは姫の部屋に踏み入る際も、きっちり恭しい礼を欠かさない。
目礼とともに扉を開け入った彼は、一度振り返り扉を静かに閉めてからまた向き直る。
そして直ぐに顔を上げた彼の、その表情は。
いつもと変わらない、一見冷たいとも見て取れる落ち着き払ったものだった。
それがそもそも、当然であるのだが……。
姫はどこかほっとしたように、態度には出さず密かに気持ちの中だけで胸を撫で下ろす。
「……なに…?」
姫自身も無意識ではあるが、僅かにその身を引くような身じろぎに。
シキは一旦言葉を呑む。
先立って、いつもは表情すら大きくは変えない彼が珍しく見せた激情がーー。
そして、唐突に覆い被さった彼の垣間見せた"男性"としての顔がーーどうしても焼き付いているのだろう。
それから、その後打ち明けたーーまるで夢物語のような話も、遂に伝えてしまった秘めた想いも、それに頰にとはいえ数回口付け愛を囁いた行為も。
結果的に穏便に済んだとはいえ、それらひとつひとつに戸惑った気持ちを…。
この、まだ二日しか経たないうちで、理解や整理を出来ずにいるのではないだろうか。
全て受け止めるには、きっと少し重かっただろう。
シキは自嘲するように、口の端だけを僅かに動かし苦笑する。
彼はけれどもすぐ表情を整え、それから素早く恭しくーー自らの蒔いた空気を払うように、胸に手を当て一礼を見せた。
「ーー姫様。巫女王様が御呼びです」
「……え…、母様が?」
「はい。今朝一番の御達示で参りました」
「そう…」
姫はこういう時ふと、きょとんとしたような……全く繕わない純朴な表情を見せる。
それは、純粋な"母娘"としての対面の嬉しさによるものか、それとも…稀に訪れるこういう機会に珍しさを感じてなのか。
シキは姫の、表向きには決して見せない、そんな此処でしか見せない素直な表情の変化がーーとても好きだった。
僅かに頬を弛ませ、優しく見守る。
そんな彼の雰囲気につられてか、姫もふんわりと笑顔を零しながら答える。
「ーーわかりました、参りますわ。…ありがとう」
肯定の答えを受け、頷くように一礼を返しながら。
「はい。では……参りましょうか」
シキは姫を促しながら背を向け、扉の取っ手に静かに手を掛けた。
と、一度肩越しに僅かに振り返り…。
「ーーイオリ様も、お待ちですよ」
変わり映えの無い柔らかな表情と共に、やんわりと一言付け加えた。
「……そ、そう……」
ーーついこの間までは。
姫は逸る気持ちを憚らず、明るい笑顔を零していたものだが…。
どこか、言葉尻に嬉しそうな雰囲気は醸し出してはいるものの。
ごく僅かに頬を綻ばせながらそれを隠すように手を当て、俯き目を泳がせている。
この短い間に、姫はきっと身も心もーーただ無垢な乙女ではなく、大人の女性として成長している。
姫がずっと幼い頃から傍で付き従って来たシキには、何となくそうーー寂しくも感じられた。
それは、巫女王の想定の範囲だったのか、それとも…。
全くの予定外の変化なのかも知れない。
けれども、それで良かったのかも知れない。
誰にも、分からない。
石造りの長い通路を、シキと姫はふたり静かに数歩の距離を取りながら……それぞれの想いを胸に進む。
その内シキは、射し込む柔らかくも眩い朝陽に目を細めながら、欄干の外の長閑な光景に想いを馳せる。
彼がちらと、さり気なく斜め後ろへ視線を流すと……。
同じく陽に照らされながら俯き気味にしずしずと歩く姫の姿が、眩い光に包まれた姿となって目に入る。
ーーこれからも先、いつまでも……。
こうして此処で、国の行く末と大切なものを見守り続けていられたら。
明日にでも"儀式"で正式に祭器の杖を授かる姫が、やがてーー次代の巫女王となるその日まで。
いや、それから先も。
……、気の遠くなる程の時間を、こうして穏やかに過ごせたら……。
胸の中らそう想い抱くシキの願いはーー。
朝陽を受け芽吹き始めた木の芽のように、時間をかけゆっくりと優しくーーけれどしっかりと根付いてゆくのだった。
そして半分戸惑いに占められた心持で毎日を過ごしても。
水平から昇る眩い朝陽とともに、静かに夜は明け日々は過ぎる。
姫がーーイオリとシキ、二人の想い人との、それぞれ密な時間を過ごしたあの日から……ちょうど二日後。
僅かな日数でも、姫には長く感じられたかもしれない。
ーーいよいよ、成人後初めての"儀式"を明日に控えた朝。
柔らかな光の射す、そして朝の少し冷え澄んだ風の吹く、裏庭に面した石造りの通路を歩く青年がひとり。
庭の塀沿いに規則正しく並ぶ木立の緑に、流れるように衣擦れする似た色を持つ翠の長衣と艶やかな黒髪が映える。
そして……普段は目立たないが陽を受けると鮮やかに輝く鶯色の瞳が、真っ直ぐ見据える先。
通路の突き当り、城の奥まった部分にある部屋の扉がーー滑らかに伸ばされたその手に数回軽く叩かれた。
「姫様。お早うございます」
「ーーシキ?」
あれ以来ーー様々な想いに胸を焦がし、窓辺でぼうっと佇み外を眺める姫の、肩が僅かにびくりと上下した。
それでも、ちょうど扉に背を向けていた姫はゆっくりと振り返り…落ち着いた声で短く答える。
「どうぞ?」
「ーー失礼します」
一拍置いて返事が、そして一呼吸置いて扉がゆっくりと開いた。
シキは姫の部屋に踏み入る際も、きっちり恭しい礼を欠かさない。
目礼とともに扉を開け入った彼は、一度振り返り扉を静かに閉めてからまた向き直る。
そして直ぐに顔を上げた彼の、その表情は。
いつもと変わらない、一見冷たいとも見て取れる落ち着き払ったものだった。
それがそもそも、当然であるのだが……。
姫はどこかほっとしたように、態度には出さず密かに気持ちの中だけで胸を撫で下ろす。
「……なに…?」
姫自身も無意識ではあるが、僅かにその身を引くような身じろぎに。
シキは一旦言葉を呑む。
先立って、いつもは表情すら大きくは変えない彼が珍しく見せた激情がーー。
そして、唐突に覆い被さった彼の垣間見せた"男性"としての顔がーーどうしても焼き付いているのだろう。
それから、その後打ち明けたーーまるで夢物語のような話も、遂に伝えてしまった秘めた想いも、それに頰にとはいえ数回口付け愛を囁いた行為も。
結果的に穏便に済んだとはいえ、それらひとつひとつに戸惑った気持ちを…。
この、まだ二日しか経たないうちで、理解や整理を出来ずにいるのではないだろうか。
全て受け止めるには、きっと少し重かっただろう。
シキは自嘲するように、口の端だけを僅かに動かし苦笑する。
彼はけれどもすぐ表情を整え、それから素早く恭しくーー自らの蒔いた空気を払うように、胸に手を当て一礼を見せた。
「ーー姫様。巫女王様が御呼びです」
「……え…、母様が?」
「はい。今朝一番の御達示で参りました」
「そう…」
姫はこういう時ふと、きょとんとしたような……全く繕わない純朴な表情を見せる。
それは、純粋な"母娘"としての対面の嬉しさによるものか、それとも…稀に訪れるこういう機会に珍しさを感じてなのか。
シキは姫の、表向きには決して見せない、そんな此処でしか見せない素直な表情の変化がーーとても好きだった。
僅かに頬を弛ませ、優しく見守る。
そんな彼の雰囲気につられてか、姫もふんわりと笑顔を零しながら答える。
「ーーわかりました、参りますわ。…ありがとう」
肯定の答えを受け、頷くように一礼を返しながら。
「はい。では……参りましょうか」
シキは姫を促しながら背を向け、扉の取っ手に静かに手を掛けた。
と、一度肩越しに僅かに振り返り…。
「ーーイオリ様も、お待ちですよ」
変わり映えの無い柔らかな表情と共に、やんわりと一言付け加えた。
「……そ、そう……」
ーーついこの間までは。
姫は逸る気持ちを憚らず、明るい笑顔を零していたものだが…。
どこか、言葉尻に嬉しそうな雰囲気は醸し出してはいるものの。
ごく僅かに頬を綻ばせながらそれを隠すように手を当て、俯き目を泳がせている。
この短い間に、姫はきっと身も心もーーただ無垢な乙女ではなく、大人の女性として成長している。
姫がずっと幼い頃から傍で付き従って来たシキには、何となくそうーー寂しくも感じられた。
それは、巫女王の想定の範囲だったのか、それとも…。
全くの予定外の変化なのかも知れない。
けれども、それで良かったのかも知れない。
誰にも、分からない。
石造りの長い通路を、シキと姫はふたり静かに数歩の距離を取りながら……それぞれの想いを胸に進む。
その内シキは、射し込む柔らかくも眩い朝陽に目を細めながら、欄干の外の長閑な光景に想いを馳せる。
彼がちらと、さり気なく斜め後ろへ視線を流すと……。
同じく陽に照らされながら俯き気味にしずしずと歩く姫の姿が、眩い光に包まれた姿となって目に入る。
ーーこれからも先、いつまでも……。
こうして此処で、国の行く末と大切なものを見守り続けていられたら。
明日にでも"儀式"で正式に祭器の杖を授かる姫が、やがてーー次代の巫女王となるその日まで。
いや、それから先も。
……、気の遠くなる程の時間を、こうして穏やかに過ごせたら……。
胸の中らそう想い抱くシキの願いはーー。
朝陽を受け芽吹き始めた木の芽のように、時間をかけゆっくりと優しくーーけれどしっかりと根付いてゆくのだった。
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