表記について

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10

ぱしゃぱしゃと、水に湿った地面を蹴る音が止んだ。
そして、がたり、と木の扉を押し開ける音。
姫がうっすら目を開けると、ちょうど先程見えていた小屋に着いたところだった。
軋みを立てて開いた扉を抜けた室内は、無人で薄暗い。
側面の細木の格子を据えた窓から、外の光が差し込んでいる以外に灯りはない。
「ーー降りれますか?」
イオリがそっと屈み、姫の足を床へ着けた。
姫はこくんと頷き、ゆっくりと自分の足で立つ。
薄暗い小部屋の、どこかおどろおどろしい雰囲気に胸に縋りついたまま辺りを見渡した。
目を向けた正面には暖炉、部屋の隅に積まれた木切れ、無造作に置かれた斧や鎌、毛皮の敷物ーーそして床面を含む全てが埃をかぶっていて古めかしく感じる。
びゅうびゅうと強く吹き付ける風と、木造の小屋の屋根や壁にばたばたと音を立て叩き付ける雨と共に小屋が鳴るのも、余計にその雰囲気を増長しているのかもしれない。
「凌げるだけましな程度ですが…。此処で少し待たせて貰いましょう」
イオリが姫の手をそっと離し、敷物を拾い……少しの間だけ扉を開け、それを勢いよくはたいた。
「どうぞ」
そして足元に敷いて掌で指し示す。
またも小さく頷き、肩を竦ませながらその上に座り込む。
城の自室の椅子やベッドに掛けるのと違い、床の上に毛皮一枚では堅くーーそして寒々しい室内の様子に、気持ちも寒気立つ。
ぶるっと身を震わせ、またイオリの方を仰ぎ見る。
と、彼は更に、部屋の隅へ。
木切れを暖炉に少しずつ入れ、それから…。
「火種があれば良いのですが…」
暖炉の付近に目を配っている。
姫はその様子にすっと立ち上がり、静かに進み出る。
「…わたくしが」
祈るように一度手を合わせ、積まれた木切れの上に翳す。
ぼうっと熱が伝わったかと思うとーー小さく火が点いた。
イオリの、ほう、と感嘆する短い声に、姫が控えめに微笑う。
「ーー祈りの術……、ですわ」

そう、こうして近くで接していると、つい見失いがちになるのだが。
姫はーーこの国の象徴とも云える、神に祈りを捧げる"姫巫女"。

今更ながらに、改めて気付く。
……そのような、この国の誰もが敬う大切な存在である御方に。
……私は、今……。
イオリが目を滑らせ向けた、火に手を翳し温める姫の姿が。
彼の胸にずきりと響く。
「ーー姫様。このような目に遭わせてしまい……、申し訳ございません」
最後のほうは、軽く頭を下げながら。
その言葉に、姫はきょとんとした表情で穏やかな目を向ける。
「……どうして?仕方ありませんもの…」
「……いえ、」
イオリは拳を握りながら、一度ぐっと言葉を呑む。

自分が周囲の変化をもっと注意深く観察し、気を配らねばいけなかった。
普段、"護り手"のふたつ名を襲名した以外には、城の警備隊長を任されている自分なのに。
今日此処へ共に来たのは、姫の護衛をする為だと云うのにーー。
麗らかな気候に、そしてその中で歓びを露にする姫の姿に見惚れ、そして自身の想いに溺れーー役割を見失っていた。
「私には…あなた様をお守りする役目が…」
「ーーじゃあ、お願いがありますの」
言葉の途中で、姫が笑顔を向けながらイオリの唇に軽く指を当てた。

「さっきの木の葉の音色ーーまた聴かせていただけませんか?」
叱責も辞さない状況での意外な言葉に、イオリは面食らい目を瞬かせる。
けれど、肩を小さく竦め困ったように笑う姫に、表情を緩ませる。
「外の音が何だか……怖くて」
「ーーはい」

ーーそして。
暖炉の火の前に二人、敷物の上に並び腰掛け…。
目を閉じ草笛を吹くイオリの肩に、姫はうっとり寄り掛かりーー彼の温かみに、そして軽やかで柔らかな旋律に目を閉じた。
小屋の外は、荒れた強い雨風。
けれどもーー火の揺らめきが生む暖かな光が、二人の幸せそうな横顔を穏やかに照らしていた。

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