表記について

・R指定表現のあるページには、(※R) を付けています。苦手な方は読み飛ばし下さいませ。
・最新の更新ページには、★をつけておきます。そして、画像を新に貼ったページには、☆をつけておきます。

1

一日中落ち着ける穏やかな環境、その中で過ごす最愛の人との毎日。
ゆっくりと過ぎていくようで、けれど早く去っていくように感じる時間‥‥。

眩い朝の光の中すぐ傍で目覚めて、会話をしたり、用事を済ませたり。
私は家の中の事を片付けて回ったり、アツシさんは村の人たちと漁をしてみたり、力仕事を手伝っていたりもしていた。
そのお礼にと、沢山の魚や野菜を貰ってきてくれる事も多々あった。
一度、夜に呑みに誘われて暫しイネスさんの店へと出掛けていた日もあった。
そういう事もあって、彼もすっかり村にも溶け込んでくれているようで、ほっとした。
そうして一日の終わりには、美味しい食事と共にそれぞれの出来事なども語り合って。
天気に恵まれた日には、干した布団の心地良さと彼の優しい腕に包まれ、互いの肌の温もりの安らぎを感じながら眠る‥‥。
ただ、眠るのが遅くなってしまった翌日は、布団でゆっくり寝過ごしてしまう事もあった。
そんな時には、彼はそっと、ゆっくり寝かせておいてくれるのだった。

旅に出る必要も無く、普通の生活をするだけの身であれば、これらの事は全てただの日常とも云える流れだろう。
けれど、覚者と従者という立場をも持つ私達には‥‥”普通の生活”こそが、とても貴重な時間だった。
村人の中に混じって生活を送る時間、一緒に楽しく食事をする時間、熱く肌を重ねる時間、共に安らかに眠りに墜ちる時間。
どれも全て、このまま時が止まれば良いと――つい贅沢な願いを頭の隅に浮かべてしまっていた。

ーーそしていよいよ、約束の日。
領都へ行って、皆と会う日が‥‥旅立ちの朝がやって来た。
イージスさん、ルインさん、ルゥさん、ハゥルさん。
皆きっと、待ってくれている。
私もそれはとても嬉しく、楽しみでもある。
ただ正確には、それは明日なのだけれど。
領都までは時間が掛かるし、せっかくなのでその道程を二人でゆっくりと旅したかった。
領都まで強行すれば、夜明けにもなってしまう。
それよりは、途中で休むなどして向かう方が行程が楽でもある。
今後は領都の宿ではなく、此処を拠点にして動くつもりだけれど‥‥。
急がず焦らず、その都度なるべく、余裕を持って。

ゆっくりと、部屋が明るくなる気配に寝台から身を起こせば‥‥彼はすっかり服を着込んで、身支度を整えていた。
厚いマントを羽織り、大きな剣を背中に携えた姿を見るのは、久しぶりに感じる。
「——おはようございます、マスター」
「‥‥え‥‥?」
至って真面目な表情で。
軽いお辞儀と共にそう声を掛けられて、一瞬驚いた。
「‥‥‥‥」
互いに何も言わず数秒、そのまま見つめ合う。
――どうしたのだろう?
まさか、今までの事を全て忘れてしまう訳はないだろうし‥‥。
「‥‥あの‥‥、」
小さな不安を覚えながら、胸元にぎゅっと布団を引き寄せて握り、それでも口を開こうと努める。
ーーと、先にはっきりと言葉を発したのはアツシさんだった。
「‥‥すみません、久しぶりに」
ふっと表情が緩み、手が私の頬へと差し伸べられてきた。
その微笑みが、少し悪戯っぽく見えるのは気のせいだろうか?
「おはよう、セツナ」
これがやはり、今ではいつも通りの彼の挨拶。
自分の中では分かってはいるのだけれど、あまりの迫真さに、つい不安を感じてしまったから。
「‥‥アツシさんの‥‥意地悪‥‥」
潤んでしまう目で、軽く睨んでしまう。
ささやかながら反抗したつもりだったけれど、それ以上は口に出せなかった。
唇を一度軽く塞がれて、ふわりと素肌を腕で覆うように懐へと抱き締められた。
「——すみません。もう止めておきます‥‥墓穴を掘りそうです」
「?‥‥うん‥‥」
何の事かよく解らず、けれど優しい温もりに包まれて、この短い時間の中でもうっとりとしてしまう。
逞しい胸にもたれかかり身を委ね、やはり少しでもこのまま長くこうしていたいと思う私は‥‥今はきっと、”覚者”でも何でもない。
それでは駄目なのだと、、もっと気持ちを切り替えないといけないのだと、それこそ自分の中ではきっと解っている。
――けれども‥‥。
「アツシさん‥‥」
ぎゅっと彼の胸元に添えた手でその服を握り、独り言のように呟いた。
それでも本当に言おうとした言葉は、もう一度唇を重ね合う合間に‥‥。

そして私達は、束の間のーーけれどゆっくりとすら感じる優しい口付けを暫し交わし合った。
愉しむように、そして惜しむように…。

誰に願う訳でも、無いのだろうけれど。
お願い、いま少しだけ‥‥ほんの少しだけ、私達だけの時間を下さい。

スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。