表記について

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2

いよいよ、カサディスの村を出るという時。
皆が伝えあってくれていたのか、殆どの人が見送りに出て来てくれた。
村長の父様をはじめ、ベニータさん、イネスさん、イオーラさん‥‥他の皆もずらっと並ぶように立ち、私達に手を振ってくれた。
「‥‥それでは、行ってきます」
皆に応えるように、手を振りながら挨拶を返した。
アツシさんも皆に一礼を返して、するとその肩をぽんぽんと村の男性たちに叩かれながら互いに笑っている。
彼も本当に、すっかりこの村に馴染んでくれたんだなと、私も自然と頬が綻ぶ。
「セッちゃん、これ持ってって」
それを見ている横からイネスさんが、どうやらお弁当が入っているらしい包みを差し出してくれた。
「‥‥はい、ありがとうございます」
まだ温かいそれを、抱き込むように胸に抱えた。
するとその横から更に、ベニータさんも包みを差し出してきてくれた。
「これ、膏薬と薬草茶。こっちはまた傷が出来た時とか、あとこっちは気分が悪い時になんかに煎じて飲むといいよ」
包みを一度解いて説明して、その後またきっちりと包んで改めて渡してくれた。
そうしながら小声で、
「‥‥まあ、お茶の方はまだ要らないかもだけどね」
と、半ば耳打ちするように、ふふと笑いながら小声で付け加えられる。
「‥‥?はい、ありがとうございます‥」
意味がよく分からないながらも、こちらは鞄にしまい込んでおいた。

その後アツシさんにそっと背中を促されるように、私達は揃って村の門を潜った。
旅立ちと云っても、此処を拠点にするのだからまた数日後には帰って来ると思うけれど。
それでも皆が見送ってくれるこの村の人たちの温かさが、少し名残惜しさも感じる程に嬉しかった。


ちょうど陽が高く昇り始めて明るい海道を、たまに行商人の人たちとそれぞれすれ違いながら二人のんびりと歩く。
道端で草花が揺れていたり、木陰が涼しく感じたり。
時折、木や草むらの影からウサギなどの動物が覗いているのは同じだけれど。
それでもやっぱり、先日まで居たあの昏い島とは心地よさが格段に違う。
私自身も、陽を受けて伸びる草木のように、うーんと軽く背伸びしてみる。
「‥‥セツナ?」
隣を歩くアツシさんが、柔らかい表情で尋ねかけて来る。
「あ、いえ、何だか心地よくて‥‥」
「そうですね。やはり明るい地上が良いです」
ふっと、軽く微笑みながら共感してくれた。
ーーーそういえば‥‥。
「‥‥あの、」
「はい?」
「‥‥此処を一緒に歩くの、初めてですね‥‥」
私達が初めて出会ったのは、此の先をもう少し歩いた宿営地の中だった。
村からそこまでの道は、こうして二人で揃って歩くのはそう云えば初めての事だ。
「‥‥ああ‥‥」
一瞬驚いたような、きょとんとしたような表情を見せてから。
「そうですね‥」
彼はまた、静かに微笑んで頷いた。
そして、手が自然と伸びて来て互いの指が絡まる。
「嬉しいです」
顔は前を向き直って、ぼそりと呟くように口にしながら手を引いてくれる。
そのさり気ない態度に逆に、つい照れてしまいながら。
「‥‥はい」
俯き加減に、多分聞き取れないほどの小さな返事を返して、彼と歩みを共にする。
すると、またも小さな声で。
「‥‥ありがとう」
囁くような一言が帰って来て、どきりとして彼の顔を見上げた。
穏やかに深い眼差し、そしてどんな小さな声でもちゃんと聴いてくれる彼が、とても眩しく見えた。
今まで色んな事があったけど‥‥やはり彼の優しさは出会った頃から全く変わらない。
そんな彼を怖いと思っていたのが、今では少し不思議なくらいだ。

私の中で色んな事を思ううちに、やがて宿営地の建物が見えて来た。
元は対ゴブリン用に作られた砦とはいえ、高くしっかりと組まれた木の外壁は、他の魔物が来てもなかなかびくともしないだろう。
ただ、此処へ立ち寄った当初に入り込んできていた大蛇‥‥ハイドラの事は謎に包まれたままだけれど。
あんなに大きなものが、どうやって壁も壊さずに此処に入って来たのだろう?
とことん、考えればきりがない問題だと思う。
自然と手に力が入っていたのか、アツシさんが覗き込むように私の顔を伺い見ていた。
「‥‥どうしました?」
「あ、いえ‥‥。皆さん元気でしょうか」
以前あった事は口に出さず、答えてみる。
「そうですね‥‥あんな事もありましたからね」
「——はい」
やはり、彼にはお見通しだ。
ハイドラがこの砦を襲った時、先陣を切って戦っていたのは彼自身。
それだけに、どうしてもよく覚えているのだろう。
頑丈な木戸をゆっくりと開けて通り、少し踏み入った場所から中を見渡してみる。
内部は木の柵や櫓が地形に沿って立ち、努めの兵士達が行き交っている。
此処もやはり人員不足なのか、未だ壊れたままの櫓もあって、当時の痛々しさも幾らか残っている。
以前最後に見た時から、光景はあまり変わっていない。
「大体‥‥あの時のままですね」
「ええ‥‥」
互いに見渡し、口にしながら、目印に領都軍の旗が掲げられた奥のテントの方へと向かう。
そこはまさに私達が初めて出会った、リムの礎のある場所。
テントの中にはイクバールさんという番頭さんも居て、旅の宿も兼ねている。
そして此処ではリムが有る事で、ポーンの民の姿もよく見かける。
兵士の人員不足を補うために、戦力としてポーンの力も借りているらしい。
いくら辺境にあるとはいえ、そういう部分からはやはりここも領都の施設なのだなという雰囲気も感じる。

テントがはっきりと眼前に近付いてきて、後少し、というところで。
「おお、覚者殿‥‥覚者殿では?」
横目にもはっきりと映る大きな体格、よく通る太めの声。
「‥‥どうも、お久しぶりです」
この宿営地の兵士を取り仕切る隊長、バーンさんだった。
手を挙げて挨拶をしてくれる隊長に、アツシさんと共にお辞儀を返した。
以前は指揮官として、隣国からの客人でもあるメルセデスさんが此処の責任者だったのだけれど。
今は彼女は領都の城に居るので、バーンさんが此処の長になっている。
「もしや、今から領都へ?」
「はい、そのつもりですが‥‥」
隊長は、ふむ、と、何かを確認するかのように小さく頷いてから。
「‥‥良ければ、ゆっくりと旅の話など聞きたいのだがね。竜征任務の噂は聞き及んでいるよ」
私達の顔を見渡しながら、思い掛けない言葉を掛けられた。
「それとも何なら、また訓練を受けてくれてもいいのだがね」
ふっと口の端を挙げて、にやりと嗤う様に付け加えられた。
「い、いえ、それは‥‥」
それには流石にどきりとして、慌てて小さく首と手を顔の前で振ってしまう。
すると、はっはっは、と軽快な笑いを挙げて、肩をぽんと叩かれた。
「まあ、今更そんな事はさせんよ。——で?今日特に予定が無ければ、皆にも一緒に話を聞かせてやって欲しいのだが?」
今度は私達二人とも、がしっと肩を掴まれて、答えを求めて覗き込まれる。
確かに、皆との正確な約束の日は明日だ。
今日はゆっくりと、夜には領都に着ければと思っていたくらいなのだけれど‥‥。
アツシさんと、互いに顔を見合わせて、くすっと苦笑する。
「‥‥わかりました、今日は此方でお世話になります」
軽く頭を下げながら答えると、今度は背中をぽんぽんと少し強めに叩かれた。
「よーし、今日は一緒に呑もう。ーーもう一仕事終えたら合流しよう。楽しみだ」
隊長はまたはははと笑いながら、兵士たちの居る方へと戻っていった。
思いがけず此処で過ごす事になった私達は、またも苦笑しながら顔を見合わせた。
「どこか少し‥‥お弁当をいただきに行きましょうか」
明日は早めに此処を出て、少し急いで領都へ向かわなければいけない。
一度この砦を出て、暫くゆっくりと海の広がる景色でも眺めながらお弁当を食べよう。
「‥‥はい、行きましょう」
彼と共に一度砦を出て、海が見渡せる草原でゆっくりいとお弁当を広げて食べた。
二人でゆっくりと何事も無く過ごせる時間は、これからまた少なくなってくるだろう。
それでも、やはりその時間を大切にしたいと‥‥イネスさんが作ってくれたおにぎりをじっくり味いながら、そして想いを噛み締めながら。
彼にもたれかかった肩を優しく抱き寄せて貰いながら、どこまでも続く海を暫く眺めていた。
領都へも、そしてーーきっとあの島へも。

更にどこまで続くか判らない、私達の旅はーーまた此処から始まる。

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