表記について

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目の前の、木の根元の茂みが大きく揺れ、何かが飛び出してくるように現れた。

「下がって!」
「ちょ、ちょっと‥‥もう!」
アツシさんとルゥさんが、同時に声を挙げた。
思わず後ずさりながら、そこに居たものに目が釘付けになる。

とても背の高い‥‥人?それとも‥‥?

「やあ、驚かせちゃったかい?あははは」
明るい笑い声、にっこり笑みを浮かべた‥‥ほっそりと背の高いーー男性?
「???」
アツシさんも、腕を下げ剣を地につけながらぽかんと見ている。
全く敵意は感じない、むしろとても友好的な‥‥。
「ちょっと、あんたねえ!びっくりするじゃない?!」
短剣を腰に納めたルゥさんが、指差しながらその人?に詰め寄る。
そして目の前に見上げ立つと、腰に手を当ててさらに続ける。
「もうちょっと、登場の仕方があるでしょう?セッちゃん達がびっくりしてるじゃないの」
ふう、と小さな溜息を吐くルゥさんとは逆に、その人はまた明るい笑い声を挙げる。
「あはははは、驚かすつもりはなかったんだけどさ~。ごめんねえ、あはははー!」

「‥‥‥」
その目の前の彼の底抜けの明るさに、私もアツシさんもただただ茫然と見守ることしか出来ない。
ひょろりと細い体つきに濃い茶色の肌、緑の髪‥‥その姿が表すものは。
「やあ、そっちの彼女たちは初めてだね~」
私達に交互に目をあわせながらにっこり微笑み、彼は一歩ずつ近づいてくる。
反射的に、一瞬びくりと肩肘が動いてしまうものの。
彼の好意的な呼びかけに、頷き返しながら表情を緩めようと努める。
「僕はヤオ。ーー木の妖精だよ」
「‥‥え‥‥」
「‥‥?」
やはり、どうにも言葉を失ってしまう。
それはアツシさんも同じようで、剣を納めながらも黙って彼の言葉を聞いている。
そんな私達を見て、今度はルゥさんがふふっと笑う。
「びっくりしたでしょ?‥‥そもそも、その存在だけでも驚くんだから、気を付けてよねー」
「やだなあ、ルゥちゃん。僕はいつも通りここで生活してるだけだよ~、あはは」
ルゥさんの半ば注意を促しているとも思える言葉にも、やはりさらりと笑いを交えた返事で応える。
とにかく、彼ーーヤオさんは、とても純粋な存在なんだろうな‥‥と思い、内心だけで胸を撫で下ろす。
けれどそんな中、ヤオさんが少し首を傾げながら、やや声の高さを落しながらこうも言った。
「‥‥たださあ、さっき、奥の方に沢山の人間が押しかけていったんだよね~。びっくりしたよ」
ルゥさん、アツシさん、私と‥‥揃って顔を見合わせて頷き合った。
そして、再びヤオさんの方へ向き直る。
「それ、どっち行ったの?教えてくれない?」
私達も、同意を求めるように彼の目を見ながら頷く。
それを受けて、私達の顔を見渡してからヤオさんは‥‥。
一瞬真剣な表情を見せた後、また大きな口をにっこりと曲げて破願した。

「‥‥いいよ、ついておいでよ。此処は僕の庭だからさ~あはははは」
「庭、っていうかさあ、そもそも此処に棲んでるんでしょ?」
ルゥさんは苦笑しながら、それでもどこか楽しそうだ。
こんな時に不謹慎‥とも思われそうだけれど、そんな時でも決して明るさを失わないところもルゥさんの長所だろう。
私もつい、ふふっと小さく笑ってしまう。
「‥‥あの、ではよろしくお願いします」
お辞儀しながらお願いすると、ヤオさんは長い腕を伸ばして私の肩をぽんぽんと軽く叩いた。
「うん、任せてよ。ここは迷いの森とも云うんだけどね、僕に付いてくれば大丈夫さ~。あはははは」
「ーーはい、ありがとうございます」
付いて来い、というように、更に先へと身を翻すヤオさんに私達も慌てて小走りに続く。
その長身から踏み出す一歩が大きいのか、それともすっかり森に馴染み切っているのか。
はたまた、木々の根っこや茂みなど、全く障害にならないのか‥‥。
彼の足取りは足元の葉の音すらあまり聞こえない程、とても軽く早い。
「‥‥あっ」
何とか付いていこうと、とにかく彼の背中を見て付いていくうちに。
木の根か、石か‥‥思いがけず足元が何かに当たり、躓いた。
躰がぐらりと揺れたところに、素早く差し伸べられるーー逞しい腕。
「大丈夫ですか?気を付けて」
「は、はい‥‥ありがとう‥」
間近で見る見慣れた筈の柔らかい微笑みに、それでもまた少しどきりとする。
つい表情がふにゃりと緩みそうになり、慌てて目を逸らすと‥‥。
彼が片手をついている木の枝に、何かぶら下がっているのが見えた。
飾り‥‥?ううん、お守り‥‥?
紐で吊るされた六角形の、装飾された石のようなもの。
思わず其方に目を遣っていると、ヤオさんがまた軽い足取りで此方へ戻ってきてそれを見た。
彼の身長からすると、そう高くない位置にあり‥‥易々と手を伸ばしてその体つきと同じ細く長い指で軽く突いた。
「ああ、これね。この装具がこの森のあちこちにあって、霧を生んでいるんだよ。森を守るための呪い、みたいなものだね~」
そして私達ににっこりと笑い掛け、
「まあ、それも僕には全く関係ないけどね~。あははは」
と、今度は腰に手を当ててちょっと得意げだ。
彼の言葉や行動を見ていると、此処では本当に頼りになる存在であることは間違いないと思える。
その彼の肩を、同じく此方へ戻って来たルゥさんにぐいと引いた。
「ほら、威張ってないで早く案内して。‥‥セッちゃん、暗いし少し急ぐよ」
促すルゥさんの言葉に、私達も軽く頷いたとき‥‥。
ひやりと、何かが私の肩口の辺りを通り過ぎた。
「‥‥ちっ、出てたわね」
ルゥさんが素早く弓を手に取り、矢をつがえる。
アツシさんも剣を抜き、辺りを警戒するように見渡し‥‥。
「セツナ、武器に魔法を」
先程とは打って変わった真剣な様子に、急いで頷き杖を構える。
その間、聞こえて来る”声”のようなもの‥‥。
これは確か、どこかで聞いた事が、そしてこの気配も感じた事がある。
寒気を覚える気配と声、これはきっと‥‥。
「来るよ、気を付けて!」
ルゥさんの鋭い声。
ーー間に合った!
手から聖なる加護の魔法を、先ずは彼女の許へと放った。
それと同時に、一度に光る数本の矢が放たれる。
バシュ!と、空気の唸り弾けるような音。
そして、続いて空気を引き裂くような”叫び声”。
ーー霊体のような魔物、ファントム。
うっかりその姿を捉え逃すと、人やポーンにとり付き命をも奪う事のある魔物だ。
暗くなると現れる事のある、特殊な相手だけに‥‥遭遇した時の驚きはまた違ったものになる。
けれど、焦らず確実に追い払わなければ‥‥。
とにかく今私に出来る事、皆の武器に次々と籠の魔法を放った。
その度に、皆‥‥ルゥさん、アツシさん、そしてヤオさんもそれぞれの武器を手に、一体ずつファントムを仕留めていった。
ふわふわと宙を漂う、つかみどころのない相手とはいえ。
彼らの素早く力強い剣や矢さばきからしたら、その姿を確実に捉えてしまえば全く問題ない。
次々とファントムたちは爆ぜ、消えて行った。
皆、武器を納めながら、すっかり静まり返った辺りを小さい息を吐きながら軽く見渡す。
「ふう‥‥これで全部かな?やれやれ」
「みたいね、みんな無事ね」
少しの緊張感からか、森の霧が纏わる湿気からなのか‥‥杖を握っていた手は少ししっとりとしていたけれど。
ヤオさんやルゥさんの言葉は、先程の緊張感も瞬時に拭ってしまったかのように相変わらず明るい。
「さ、行きましょ」
そして何事も無かったように身を翻すと、また先を往き始めた。
「‥‥さあ、私達も」
差し伸べられたアツシさんの手を取り、手を引かれながら私達も進む。

この見通しが悪く暗い状況でまた、何が出て来るかわからない‥‥先を急がなければ。
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