表記について

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5

夜の闇も混ざり始めた暗く深い森を、とにかく木々の間をすり抜け草を掻き分け、奥まで進んで。
もう結構歩いたかと思う頃、ようやく木々の壁が途切れ‥‥。
その縁に立ってみると、自分たちのいる場所が少し高い足場になっていることが分かった。
軽く足元を見下ろすように視線を下へ送ると、森がぽっかり途切れた場所が、細かくも綺麗な花が咲き誇る庭園のようになっていて。
突然現れた幻想的な光景に、
「‥わあ‥‥」
と、思わずため息ともつかない声が漏れる。
「‥‥う~ん、此処は綺麗でいいんだけどね~‥‥まずは」
隣に居たルゥさんが、滑らかな手つきでその先を指差した。
けれどその細くしなやかな指先が鋭くも見えるのは、その先の息を呑む光景に感じるものからだろうか‥‥。

花園のすぐ先、まるで巨大な木をそのまま建物にしたような‥‥。
塔のような太い木の上に、小さな住居が載せられている。
庭に加えて、その建物にも引き続き驚きを感じながら。

そこで起こっていることをよく見てみると‥‥。

何人もの人が玄関先へと押し寄せ、口々に何か喚きたてている。
耳にするのも嫌なような、罵詈雑言の数々。
村を旅立つときにも聞いた、ポーンの民は人々から少し距離を置かれているという話、それも一瞬思い出すような。
‥‥どうして人は、自分の目ではっきりと確かめられないものを忌み嫌うのだろう。
どうして、少し聞いただけの話や想像だけで、勝手に決めてしまうのだろうーー。
”魔女”と噂されるものが、そう呼ばれる人が本当に居るのなら、あの人たちはその姿をちゃんと見たのだろうか?
そして、ちゃんと接してみたのだろうか‥‥?

かくいう私も、初めは少し接するのが怖かった。
けれど、その実情を見ているうちに、行動を共にしているうちに、少しずつ‥‥決して離れたくない、かけがえのないもの、に変わっていった。

もう一方の隣に立つ、その人ーーアツシさんの手を握りながら、目の前の光景をじっと見据える。
あの行動が見ていられない酷いものだとは思いながらも、私に、ただ彼らを非難することは出来ない。
私も、こうして冒険することが無ければ、ただ噂を耳にして偏見を持っていたかも知れないからだ。
そして、噂を耳にすることも無く、何も知らずにただのんびりとした生活を送っていたかも知れない。
ただ闇雲に正義を振りかざす気は毛頭ないけれど、でも‥‥。
ルゥさんが心配だと言っていたものが、多分”これ”なのだとしたら。
そして、ただ偏見を持たれて中傷されているひとが、あの中に居るのだとしたら。
‥‥このまま黙って見過ごすことは出来ない。

ーー握った手を、さらにやんわりと強く握り返してくれる彼も、きっと同じ気持ちだろう。

暫く黙ってその様子を見ていたけれど、意を決して皆の顔を見渡してみる。
黙って頷き、そしてにっと強く微笑みながら頷き、にっこりと笑い掛けながら頷き‥‥皆それぞれ、私の考えは分かってくれたようだ。
「‥‥行ってみましょう」
どういう風に言えば、あの人たちを穏便に止められるかはわからない。
けれどとにかく、このままでは中に居るかもしれないひとが危ない‥‥。
夢中で騒ぎ立てている人々の居る玄関先を先ずは目指しながら、緩い坂道を下りながら花園へと降り立った。

実際足を踏み入れてみると、小さな花弁を持つ可憐な花やハーブなどが咲き乱れ、蝶が舞い‥‥。
思っていたよりも、とても居心地のいい空間だった。
ただ遠くから見ている時より、更に幻想的だ。
けれど、汚いともいえる罵声も近づいてくるのが雰囲気に全く似つかわない上に、俗世間が無理に混じり込んだような違和感を覚える。
途端に気分を害してしまいながら、気に据え付けられた階段を昇ろうと足を掛けた時‥‥!

「--?」
微かに、地響きのような音と揺れを感じた。
‥‥もしかしたら、旅疲れで足元がおぼつかなくなったのかとも思う、微かな揺れ。
けれど、他の皆も少し違和感を感じているようで、どうやらそれとは違うらしい。
では、一体何が‥‥?

―――ゴゴゴゴゴゴ‥‥。
大きなものが、ゆっくりと震え動くような音。
やはり、何か起こっている。
そして、ぱらぱらと小石が落ちていくような微かな音も混じりながら‥‥埃が立ち始めた。
その方向を、ゆっくりと確認してみる。

――何か、巨大な岩のようなものが‥‥あろうことか人の形を成して立っていた。
あれは‥‥何??
驚きで呆然と見守ってしまう中、その異変に気付いたのは流石に私達だけではないようだった。

上の住居の玄関先に押し寄せていた人たちも、その異様な気配には流石に気が付いたようで。
「化け物だ――!」
「魔女の仕業だ‥‥!」
など、また更に口々に喚き立てながら、急いで階段を駆け下り一目散に逃げてゆく。
よく見ると、その手には物騒な‥‥クワや鎌などを持っていたらしい。
そしてあろうことか、領都の兵士に見受けられる人も混じっている。
なんと、醜い光景なんだろう‥‥と、思わずそちらに気を取られながら、黙ってその逃げてゆく姿を見送る。
今此処で起こっていることは確かに、とんでもなく現実離れした出来事で。
けれどそのおかげで、先ずは危機を脱したというところだろうか‥‥。
先程の、魔法の霧を発生させていたお守りのように、もしかしたらこの怪物も‥‥?

と、少しぼんやりとすらしながら考えに耽っているうちに、目の前の岩の怪物に変化が表れ始めた。
ぼんやりと、全体に紫の光を帯び始める。
その光はところどころ強い光を放つ場所と、筋のような細い光の通る場所がある。
まるで、石のその躰に動力となる血のようなものが漲るような‥‥。
その光が、くっきりと全身に行き渡った後。
‥‥オォオオオオオ‥‥と、空気を細かく震わせるような、低い声が響き渡った。
それと共に、太い腕を振り上げ‥‥。

「危ない、下がって!」
「来る!」
アツシさんとルゥさんが、同時に声を挙げた。
それと共に、怪物からは目を離さないよう、数歩後ろへ下がる。
すんでのところで、大きな拳から逃れることが出来た。
動きはゆっくりながら、勢いと重みのある一撃が柔らかな地面へと突き立てられる。
怪物がまた腕を振り上げるまでの間、前に立つアツシさんとルゥさんがそれぞれ長剣や弓などの武器を手に取り、構えて立つ。
「ね、ねえ。‥‥あれってさあ、やっぱり襲って来るよねえ‥‥?」
「‥‥だろうな。何とかして止めない限りは」

あの大きな岩の怪物を、何とか止めなければ‥‥。
これもまるで初めての経験に、思い掛けない相手との戦闘に、どうすればいいのか一瞬戸惑う。
けれどそれでも、彼らが鋭い武器を手に戦うように、私にもやれることは一つしかない。
魔法で‥‥援護する事、そして何か有用なものが有れば喰らわせる事。
「——セツナ」
「‥‥はい」
ちらと此方を振り向きながら促す彼に、私も杖を構えながら頷き答える。
そして、その手の武器へと向かって、加護の魔法を飛ばす。
アツシさんの剣、そしてルゥさんの弓にも、魔法の光が宿った。
「——ありがとう」
「セッちゃん、サンキュ~」
お礼を言ってくれながら、武器を改めて怪物に向ける二人の後ろで、そして次はヤオさんに‥‥と視線を向けた時。
彼は既に弓に矢をつがえていて、素早くそれを数本放った。
「ゴーレム‥‥こいつはねえ、よく見てて」
その弓が飛んだ先、それは岩肌の部分と、そして光が強く輝いている箇所。
岩に当たった矢はただ地に落ち、そして光る場所に当たったものはカチン、と小気味よく響く音がした。
巨体が、少しひるんだようにも見える。
「あの、光っているところに攻撃を当てればいいんだよ」
にっ、と笑い、得意げに親指を突き立てるヤオさんに、皆はっきりと頷き返し。
そして改めて立ち向かうべく、戦士二人は武器をその場所へ向かって構え直す。
「ねえ、君って魔法が使えるんだね~」
私も何か、と杖を構え直したとき、またヤオさんの声が掛かった。
「あ、はい‥そうです」
「じゃあさ、何か魔法お見舞いしてやるといいよ。何でもいいよ~」
「‥え、はい‥‥」
アツシさんルゥさんが、相手の攻撃を時折かわしつつも、光る場所へと狙いを澄まして少しずつ攻撃を当てていくのを見守りながら。
私は何をすればいいのか、少し考えを巡らせてみる。

あまりゆっくり考えている暇はない、出来る事の中から、最適なものを当て嵌めていかなければ。
まず思い付くのは、炎の魔法‥‥。
けれどそれでは、この花園に悪影響を出してしまわないだろうか?
そして次に、氷の大魔法‥‥。
威力は強いのだけれど、ちゃんと光る部分に狙って当たるのだろうか?
では‥‥。
最後に思いついたのは、あの魔法。
詠唱と共に漲る魔力を、全身から解放する。
「ーー雷の力を!」
まるであの怪物の放つような強い紫の光、雷を皆で纏う魔法。
これなら、アツシさん達の武器にも加勢しながら、私も大きな力を放出できる。

アツシさんが一瞬、此方を振り返り強く微笑む。
そしてルゥさんも、ヤオさんも。
にっこり微笑んで、更に次々と勢いよく矢を放っていった。
足元の方はアツシさんが、そして頭や肩先の方はルゥさんやヤオさんが、それぞれ攻撃を浴びせていった。
怪物の反撃は一見、力強く激しいものだけれど‥‥。
数々の戦いを潜り抜けてきている戦士二人と、そしてとても身軽なヤオさんからしたら、避けることは造作もない。

ーーオオオォオオオオォォ‥‥。
やがて怪物‥‥ゴーレムの体に巡る光が全て消え、またも低い唸りと共に砂のように崩れ去っていった。

辺りはすっかり静かになり、まるで何事も無かったような、ただただ幻想的な空間が拡がるのみとなった。
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