表記について

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巨大な石の魔物‥‥ゴーレムが崩れさった後の砂埃を見守る様にただ立ち尽くしていた私達だけれど。
それを倒したからと、此処でやることが終わったわけではない。
先程押し寄せていた人達ももう戻ってこないかと、去っていった方向にも目を遣り‥‥。
一番大事な事、この目の前の建物の中に居るとされる”人物”?の安否を確かめなければ。
それはルゥさんが一番心配していたことだし、私自身も此処まで来た以上、ちゃんと見届けておきたい。

「ちょっと、上行ってみない?」
ちょうど私が考えていたことを、ルゥさんが口にしながら樹上の建物を指さした。
はい、と短く答えながら頷き、アツシさんにも視線で意見を仰ぐ。
彼も黙って頷くのを見終わらない内に、先ずはルゥさんが足早に其方へと向かう。
大きな木をぐるっと回り込むように据え付けられた小さな板の階段を、一人ずつゆっくりと昇っていく。
ルゥさん、アツシさん、私、ヤオさん‥‥玄関先へと辿り着いた順に横一列に居並び、じっと扉を見据える。
心なしか、住居の中には人の気配が‥‥?
「——セレナちゃん、居る?大丈夫だった??」
扉を軽く叩きながら、ルゥさんが声を掛ける。
‥‥セレナ‥‥さんという人が居るの?
名前からして、確かに女性だ。
ただ、”魔女”という二つ名が、その人に合うのかどうか‥‥。
思わず胸の前でぎゅっと自分の手を握りながら、ルゥさんがゆっくりと開けてゆく扉の先をそっと覗き込む。
開いた先ーーやはり外見通りさして広くもない空間に、様々な植物や瓶などが並べられている。
薬草、花、ハーブなど‥‥吊るして乾燥させていたり、何か作りかけていたかのように机に置かれている。
壁に沿っておかれた棚には、薬瓶のようなものや壺などが並んでいる。
魔女の薬‥‥とでもいうようなものだろうか。
ただ、少し前までは生活していたかのような暖炉の火さえついたままの空間にーーやはり人の姿はない。

「あれぇ‥‥?どこ行ったのかな」
一応部屋をぐるっと見回した後、ルゥさんはまた足早に今度は住居を出てゆく。
「う~ん、居ないなあ」
玄関先の縁側から、辺りを広く見回して‥‥もう一度下へと降りてゆく。
「‥‥あ、ルゥさん待って‥‥」
私達も慌てて後を追い、また階下の花園へと降り立った。
見落としているものはないかと、改めて周りを見回してみる。
もしかしたら、また別に小屋が有ったり‥‥?
ーーーと。
「ん、あれは‥‥?」
アツシさんがすっと指さした先、木の根元に小さな扉が見えた。
この木の大きさからしたら‥‥中に人が入れる大きさはしているに違いない。
皆で頷き合い、そちらへと一斉に向かった。

念のため、扉を軽く叩いてみる。
‥‥何も帰ってこない。
そっと扉を引いてみると‥‥微かに軋みの音を立てながら開いた。
中の様子はなんと、部屋ではなく曲がりくねって降りてゆく先の長そうな通路になっていた。
「‥‥行ってみよう」
ルゥさんの声に、今度は頷き合う間もなく私達は通路に足を踏み入れた。
今まで木の中に、先程のゴーレムに守られていた空間ならば、急に魔物が飛び出して来るという事もなさそうだ。
途中からは、やや急ぎ足になりながら進んでゆく。
そして、ちょうど木の中の空間を通り抜けたかと思う頃‥‥出口はまた、細い路へと続いていた。
此処も未だ森の続きという景色が、もう一尾視界に飛び込んでくる。
やはり、先の見通しのきかない‥‥うっすら霧の立ち込めた樹海。
ただ、来た道とは違って、魔物の気配は一切ない。
どちらかというと、神秘的な雰囲気すら漂ってくるような‥‥。

真っ直ぐ真っ直ぐ、私達は皆黙って先を急ぐ。
此の先に何かありそうな、胸の奥の小さなざわめき。
それがいったい何なのか‥‥。

答えは、視線の先に小さく見えて来た影が、何も言わずに物語っているようだった。
突き当りに在る墓石のような石のそばに、”人影”が、ひとつ、ふたつ‥‥。
「セレナちゃん!」
姿を見るや、ルゥさんが真っ先に声を掛けながら駆け寄る。
彼女の声を受けて振り向いた‥‥一人は、若い女の子?
そして、もう一人は‥‥近づいてよく見ると、体が透けている。
もしや、生きている人ではないーー霊体?

ただ、その人にも意識ははっきりとあるようで。
「‥‥あなたは、覚者ですね」
目が合うとにっこりと微笑み、そう語りかけて来た。
「え‥‥」
一瞬、言葉を失う。
「はい、そう‥‥ですが‥‥」
どうしてわかったのだろう。
ーーううん、私も、さっきから何と無く不思議な胸騒ぎを覚えている。
それはこの人の醸す、優しくもどこか切なげな気配から‥‥?
「私はかつて、竜と関わりを持った者ーーそう、覚者です」
私と、同じ。
生きて、生活するには何も問題はない。
けれど、竜と見え、そしてその竜にまた逢うための戦いと共に生きる事を余儀なくされた‥‥。
”普通”には、生きられない身。
覚者として生きる事が、自分から敵う筈もない竜に立ち向かった結果だとは分かっていても‥‥やはりどこかやるせない部分がある。
この人も、そうだったのだろうか。
そしてこうして、霊体となって此処にいるという事は‥‥。
何も訊けない私のもどかしさはそのままに、その覚者の女性はやはり静かに柔らかい口調で続ける。
「そして此処にいる娘‥‥いえ、セレナは‥‥私のポーンです」
「‥‥!」
思わず息を呑んだ。
老いて亡くなり、霊体となった覚者。
そして、きっと変わらず若い少女の姿のままのポーン。
私は覚者で、アツシさんはポーンで‥‥。
もはやよく分からない感情が、胸の奥でまた騒めき渦巻く。
ぎゅっと唇を噛み、目の前の二人の姿を見守りながら‥話の続きを待った。

その人は語った、ポーンは長い月日を過ごす内に覚者に似て来るのだと。
ーーそして初めには持たない「感情」が育ち、やがて”人”に近付いてくるのだと。
それを語る彼女も、セレナに自由に生きて欲しい、そう願って最期の際に魂を少し分け与えたのだと。
けれどーーそれだけでは、ポーンは”人”にはなれない。
自分自身の、生き方を願う強い意思が大事なのだと。
ポーンとは、覚者の意思に、そしてその生き方に何も言わずに従う存在。
”人”として生きるには、自らの生き方の指針が必要なのだと。

「それで‥‥あなたはどうしたいの?セレナちゃん」
話が終わり、鎮まった空間に、ルゥさんの静かな問いかけが響く。
暫く俯いていたセレナさんが、顔を上げた。
私達は黙って、その口が紡ぐ言葉を待った。

「私は‥‥」
一呼吸の間。
セレナさんは自分の胸元で手を組み、落ち着いた静かな声で続けた。
「私は、ルゥさん達の‥‥あなた達の姿を見ていて、思いました」
ずっと無表情に見えていた表情が、少し和らいだような気がした。
それは、彼女のやや弾んでいくような、しっかりとした口調にも感じられてくる。
自分の意思から紡ぎ出される感情が、彼女の表面に現れ出てきている。

「私もあなた達のように‥‥大切な仲間と生きたい。自分の生き方を選びたい」

その言葉とともに‥‥彼女の胸元が光る。
いや、違う。
彼女自身も驚きかざした手が、光っている。
「‥‥?」
「どうしたの?」
驚き覗き込む私達とは裏腹に、セレナさんの覚者だという女性は静かに微笑んでいる。
「‥‥セレナ、それでいいのです。これであなたは‥‥」
微笑みと共に、その姿が更に薄らいでゆく。
そしてやがてーー消えた。

「ポーンの印が‥‥消えた」
セレナさんが、掌を見詰めたまま誰にともなく呟く。


「私‥‥人間になるの‥‥?」
そして彼女は、様々な感情が入り混じったような、抑えた声でもう一度呟いた。
かつて彼女の主であった女性が消えた方向ーー墓石のある方をそっと振り向き、祈る様に首を垂れて。
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