表記について

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1

幾らかの緑に囲まれ、流水口から清流が流れ落ち、透明な水を湛えるほんのり温かな泉に。
埃汚れを流し、そして暫し水の中に身を浸し、一息ついた後。
荷の中に持ち合わせていた布で何度か水を絞り出しながら体を拭き、もう一度服を着ようとして‥‥。
今になって、泉の縁に見慣れない衣裳がきちんと畳まれて置かれてあるのに気付いた。
「‥‥これは‥?」
興味が引かれて、そのまま目を離さず手に取ってみる。
今まで着ていたものと違い、薄目で肌触りのいい布地でしつらえられている丈長めのローブだった。
まるでこの泉の水のような綺麗な薄水色のそれを、体に充てがってみる。
「‥‥わあ‥‥」
今まで、旅着はともかく、普段は木綿などで出来た簡素な服しか着たことがなかった私には。
まるでドレスでも身につけられたような、華やかな気分になり‥‥。
思わず、感嘆の声が漏れてしまう。
ーーこれは‥‥私に?
今の状況からそう思ってしまいながらも、けれど間違っていてはいけないと、もう一度ローブを畳み直し掛けた時。
「——あら。やはり、ぴったりですわね」
「‥‥?!」
背後からの涼やかな声に、反射的にローブで体を隠してしまいながら振り向いた。
何時の間に其処に戻って居たのかーールインさんが、胸に手を当てながら柔らかく微笑んでいた。
「すみません、驚かせてしまいましたか?‥‥是非、着てみてくださいな」
戸惑いながらも、言われるままにゆっくり頷き‥ローブに袖を通してみる。
ーーただ、袖、とは云っても。
腰紐で留める以外は、体の横が肩から足までそっくり開くデザインになっており。
「‥‥あ、あの、これ‥」
今まで着ていた長袖の衣服より少し風通しの良過ぎるような違和感に、そわそわとあちこち自分で見回してしまう。
腕はともかく、脇腹も足もさらけ出してしまう‥‥。
「よくお似合いではないですか。ーーそれに、それでも造りはしっかりしておりますのでご安心ください」
ルインさんの言葉に、まだ気後れする気持ちに肩を竦めて応えあぐねていると。
「今まで着ておられた服も、だいぶ汚れておられますし。ね?」
確かに、たまに洗ってはいたものの‥‥。
どうしても古びてきているのは否めない。
その言葉にも納得せざるを得ないし、どうしたものかと首を捻りつつ。
其処に求めても仕方ない答えを探すように、ローブに目を落とし眺めていると‥‥。
「———ですよね、どう思われます?」
ルインさんが声を掛けながら振り向いた先、リムの碑石から、二つの影がぼうっと現れた。
私と彼女を除けば、あと、此の場に居るのは‥‥!
「———!」
今の姿を見られるのが更に恥ずかしく思えて、つい後ろずさってしまうものの。
元々身を隠す場所などなく、そして互いを認識する時間もそうかからない。
「‥‥‥。」
「‥‥ほう。流石ルインだ。間違いはないな」
黙ってこちらを見ているアツシさん、それに小さく頷きながら賛成の意を表すイージスさん‥‥。
「‥‥そうでしょう?ねえ?」
そんな二人に向かって、うんうんと頷くルインさん。
この、皆揃っている状況からしてもーー最早、元着ていた服に着替えるという選択肢は無い。
どちらかというと、新しいローブの方が素敵ではあるとも思うのだけれど。
顔から火が出そうに恥ずかしい思いを持ちながらも。
何とか気持ちを切り替える事にして、”観念”したところへ‥。
「——ただ、クロークは巻いておられた方が良いかもですね」
顔を近付けそっと伝えられた言葉に、はっと首を押さえた。
「‥‥あ、あの、そうじゃなくて‥‥。えっと‥、いえ‥」
言い訳を並べようとしながら、けれどかえって不自然になるような気がして言葉が続かない。
空いているもう片手でごそごそと、何とか手を伸ばして元使っていた白いクロークを掴んだ。
そして素早く巻きつけ、留め具で固定すると少しほっとした。
ーー今更、な気分もありつつも、だけれど。
「‥さあ、参りましょうか」
ふふ、とルインさんは目を細め微笑み、背を向けた。
全く嫌味の無い自然な態度にほっとしながらも、荷物を取り、少し気恥ずかしさは残したまま後に続く。
イージスさんと並び歩き始めたその背に少し遅れて、私も続こうとした時。
「‥‥セツナ」
足を止めて待っていたアツシさんが、顔を此方には向けないまま隣に並んだ。
「はい‥?」
私も短く、彼の顔は見ずに小さく返した。
一瞬の間を空けて、少し口籠るように。
「そういうのも、その‥‥、」
続く言葉が何なのか、不安になり‥‥ちらりと上目に見上げてみる。
それでもやはり目は合わされないまま、何か考えているような素振りに再び目を逸らした。

‥‥と、微かな声で一言。
「——似合うと、思う」
「‥‥‥!?」
どきりとして、直ぐには言葉が返せない。
照れと悦びが混じったような複雑な感情に、綻んでしまう頬を隠すように俯いてしまいながら‥‥。
「‥‥あの‥、」
言葉が見つからないながらも、何とか口を動かしてみる。
浮かれてはいけないとぎゅっと拳を握った手を、彼の手が包み込んでくる。
「——あなたには‥‥。きっと指一本、触れさせない」
握られた手を、私も答えを返すようにそっと握り返してみる。
「——ありがとう‥」
私たちの前を往く二人が、次の間に続く扉に手を掛けーー此方を一度振り返り頷いた。
その表情はそれぞれ、強くも柔らかかった。
「さあ、引き締めてまいりましょう」

相変わらず薄暗い、それでも新たな空間が扉の外に覗いた。
改めてもう一度、先の知れない昏い迷宮の探索が始まる‥‥。
此処からはきっちり、気を引き締めてゆかなければ。
そう、しかと胸に刻みつけるように言い聞かせながら、更に空気が冷やりと感じられる廊下へと足を踏み出した。
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