表記について

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5

すっかり静まり返った水路を、足首の上まで水に浸りながら。
前にはイージスさんとルインさん、そのあとに私とアツシさん二人ずつ並び、水音を立て進む。
その先を覗かずともーーきっと底深く水が流れ落ちているのだろうと思える格子戸の排水溝、そしてその先には切り立つ崖。
流れ落ちる水音が明確には聞こえないところからも、きっとこの下まだまだ長く迷宮は続いているのだろう。
水に濡れた体に、寒々とした光景からもひんやりとした風を感じるようで微かな寒気が走る。
ぶるっと、きっと気付かれない程度に震えた肩を、けれども温かな腕が包み込んで来た。
「‥‥あ‥」
「——大丈夫ですか」
そっと目を向けてみると、前を向いたままの彼の横顔がある。
それがすぐに、此方へと向けられて‥‥。
「え?あ、はい‥‥」
ふっと微笑む表情と、袖の無い服を着ていることで直に腕に触れている指の感触に、照れが走り俯いてしまう。
「‥‥次の扉です、見えてきましたよ」
視線を前へと戻しながら、ふふ、と笑った彼の声に続くように‥‥ルインさんの声が掛かる。
「‥‥はい」
これ幸いにと、私も顔を上げて前方へと目を凝らす。

相変わらずの暗がりの先、見慣れて来た両開きの大きな扉がぼんやり浮かんで見えた。
ーー此の先、次は何が‥‥?
「‥‥また何があるか‥。警戒を」
イージスさんの呼びかけに、一同黙って頷く。
この迷宮では、扉をくぐる度‥‥いや、角を曲がる度にすら、本当に色々なアクシデントが待っている。
扉へと近付くにつれ、その色形が明確になるほどに、また新たな緊張が増す。
アツシさんの手が、一度ぎゅっと私の肩を強く包み込んでから、背中にぽんと軽く触れて離れた。
その素振りからの意図が、言葉は無くとも温かく伝わって来る。
黙って頷き返しながら、想いを噛み締める。
「‥‥では‥開けます」
いよいよ皆揃って、大きな扉の前に並んだ。
イージスさんが背を向けたまま声を掛けながら、取っ手を引いた。

ーーさあ、次の試練へ。
この迷宮ではきっと、そう言っても過言ではない筈。
現に皆、心もち表情に緊張が現れている気がした。
新たな空間に無暗に踏み込んではいけない、そろりと足を忍ばせるように進み入る。

そうして、今回抜けた扉の先は、思ったより明るい。
水路が暗かったのか、それとも此処が天井が吹き抜けている分明るいのか。
それに、壁面にはどこからか伸びる木の根や上から垂れ下がる蔦など、緑が茂っている。
通路は中央の空間を取り巻くように円形に伸びていて、広さの割には歩ける場所は少ない。
庭園を通って監獄へ、そして水路へ、それからその先はこの緑の豊富な間へと辿り着いた。
扉を抜ける度に全く違う雰囲気の空間が広がっていて‥‥まるで無作為なのか、それとも其々に意図するところがあるのか。
考え出すときりがない程に惑ってしまう此処では、ただ前に進むことだけを考えていた方が良いのかもしれない。
‥‥実際そうしないと、不意の危機に足元を掬われる事にもなりかねない。
そう思いつつも、今もこうして考え込んでしまっているのだけれど。

ーーと、空気がぶわりと揺れる気配。
どこから‥‥?
「‥‥む‥‥?」
私が気付いて、他の仲間たちが気付かない訳がない。
同時にイージスさんをはじめ、皆低姿勢に身構え辺りを見回す。
「——?!」
その、どことも定めていない視界の先に、嫌でも目に入る程の大きな影が映り込んで来た。
「‥‥なに‥‥?!」
しかも、その姿が大きいだけではない。
黒々とした大きな球体の本体の中央に、妖しく光る大きな目玉がひとつ。
きっと、此方が相手を確認する前に、向こうから此方をしっかり捉えられていたのだろう。
目玉だけでも私達より大きなその魔物は、宙の同じ高さの位置に浮かび此方をじっと伺っている。
大きく開いた口の中に目玉があるような姿からは、表情のようなものも全く感じられない。
だからというべきか、声を出すことも無く、ただ静かに浮いている。
ぞっとするほどに強く注がれる視線と、そもそもの大きさにとにかく圧倒される。
「‥‥!」
「これは‥‥」
暫く皆釘付けになっていると‥‥。
魔物がその身に生やしている触手から、小さな色とりどりの輝きが生まれ始めた。
その輝きには、覚えがある。
‥‥あれは、魔法の光‥‥!
その輝きを合図とするように、揃ってその場を飛び退いた。
刹那、先まで立っていた場所に魔法の雷が落ちた。
次に皆それぞれに武器を取り、辺りを‥‥そして互いの無事を見回す。
「どうなさいますか‥‥?!」
私に向かって問いかけようとしたルインさんが、言葉の途中で息を呑んだ。
辺りに複数、ぞわりとする気配。
背後を確認しようと、振り返りかけた時‥‥。
「危ない!」
イージスさんの声に、反射的にその場を飛び退いた。
体を動かしざまに振り返ってみると、そこには。
「‥‥なに、これ‥!」
魔物の本体にも生えているものと同じ、大きな触手が幾本も通路にうねうねと揺れ生えている。
その動きは不気味で、しかもその先から輝く魔法の光が灯り始めている。
そしてそれらは、一本が私達ひとりひとりと同じくらいの大きさはある。
「とりあえず進路を‥‥!」
「そうですわね、先ずはこの状況を‥‥!」
このままでは、足場の確保もままならない。
イージスさんが素早く剣を振るい、すぐ傍の触手に何度も切りつけ始める。
ルインさんも、杖を構えて小刻みに魔法の光球や短く発動できる魔法を撃ってゆく。
「セツナ、離れないで!」
アツシさんも剣を薙ぎ、または刺し、周囲の触手を斬り払おうとしてくれている。
皆、たまに飛んでくる魔法の攻撃を何とかぎりぎりで躱しながら武器を振るう。
そして私は‥‥。

先ずは"此処"を知りたくて、急ぎ通路の縁へ数歩駆け寄り、先を覗いてみる。
ーーこのまま此処で戦うのか、それとも急ぎ此処を抜けるか。
きっと、ルインさんも‥‥それを問おうとしたに違いない。

通路の少し先に下り階段があり、下へ降りられるようになっている。
そしてその降りた先、緑の草の生い茂るには‥‥。
「‥‥ああ‥!」
先の光景を見た瞬間、思わず短く声が漏れてしまっていた。
「どうなさいましたか?」
ルインさんが駆け寄ってきて、早口に問う。
「駄目です‥‥」
目に入った先を、素早く指差した。
次の間に抜けられるであろう扉は、下方に見えるものの‥‥柵が降り塞がれている。
ルインさんも一度言葉を呑み、一呼吸置いてから再び口を開いた。
「なるほど、そうですか‥‥。では‥方法は二つですね」
杖の先から魔法の光球を放ちながら、そして視線は此方には向けないままで続ける。
「一つは、来た道を戻りただ地上へ帰る方法。そしてもう一つは‥‥」
その、もう一つ、の意図を汲み取るように、皆それぞれあの大きな魔物へと視線を向ける。
表情を持たない魔物の目が、にやり、と嗤ったように見えたのは‥‥気のせいだろうか。

「‥‥あれが”扉の鍵”、と云う事か‥」
ちょうど触手を全て排除した通路に、イージスさんの低く響く声が溶けた。
「ええ、どちらかしかありません。戦わずに先へは行かせてくれないようですね」
返すルインさんの声は落ち着いてはいるものの、口調は抑えたような苦々しいものだった。

ーーやはり、試練とも呼べる状況に立たされている。
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