表記について

・R指定表現のあるページには、(※R) を付けています。苦手な方は読み飛ばし下さいませ。
・最新の更新ページには、★をつけておきます。そして、画像を新に貼ったページには、☆をつけておきます。

6

‥‥どうしよう。

策が限られているこの状況で、けれども悩んでいる暇はない。
こうしている間にも、大きな魔物の視線を全身に痛いほどに感じる。

‥‥それで‥いいのだろうか。

結局は、ある一方の答えが浮かんでくるのだけれど。

拳を握り、皆の顔を見回してみる。

「セツナ様‥」
最期に目が合った、ルインさんが口を開いた。
「私達は、どこまでもあなた様の決断のままに。例えどのような結果が待っていようとも‥‥尽力は惜しみませんわ」
「‥‥そうです」
小さく頷き、イージスさんが静かに続いた。
「お気にされる事はありません。あなた様の強い意思を、我らの力に代えるだけです」
そして、視線を流して一言。
「なあ、アツシ殿」
話を持ち掛けられたアツシさんが、一瞬びくりと肩を動かし‥。
「‥‥勿論です」
視線を一度彼女に合わせてから、私にも強い笑みを返してくれた。
「‥‥」
みんな、何も言わなくても‥‥分かってくれてるんだ。
「あの‥‥」
「はい」
ルインさんが、ふんわり微笑む。
「ごめんなさい‥‥」
イージスさんが、剣の柄に手を伸ばす。
「‥‥大変かもしれないけれど‥」
アツシさんが微笑み、頷いた。
「あれと‥‥戦おうと思います」

待っていたかのように、皆一斉に魔物の方を向いた。
大きいだけでなく、宙にも浮き、触手や魔法も駆使してくる。
これまでには無かったほどに多彩な、そしてかなり苦労を強いられそうな相手だけれど。
ーー来た道を引き返しても、何の解決にならない。
誰かが此処を抜けなければ、この迷宮の謎は何時までも‥‥。
ただ、それを解決出来るのが自分達だとか、そういう自信がある訳でもない。
もしかしたら‥‥な結果もあるかも知れない。
ーーそれでも。
助けて欲しい、と期待を寄せてくれた彼女のーーオルガさんの気持ちにも、せめて意思では応えたい。
それに、私自身も‥‥。
此処に、自分への答えをも求めて踏み入ってきたのだから。
頼りになる、力を与えてくれる仲間と共に、精一杯の事はしておきたい。

万が一此処で倒れる事になっても、もしずっと先に新たに此処を訪れる人が居たら‥‥。
せめてこの杖を墓標に、その意思だけでも伝えられれば。
ーーなんて、言っていては駄目ですね、シキさん。
きっとお小言を言われてしまうなと、鬼気迫る状況なのに口元が綻んでしまう。
あの人ならこういう時でも、決して迷わないだろう。
あの”竜”に対しても、そうだった。
ーー私にももしそういう機会が訪れた時、そんな強さが身に着けられていれば‥‥。
それが、好い事を招くのか否なのかは‥‥、そして起こり得る事なのかすらも、分からないけれど。

「‥‥ちっ、触手が‥!」
思いを馳せる間もなく、辺りに騒めく気配が生まれ始める。
イージスさんの銀色の剣が閃き、目の前の触手を切りつけてゆく。
私も杖に短く念じて、魔力の球を身の周りに纏わせた。
せめて少しでも、死角からの攻撃を防げるかもしれない。
ルインさんもそうしながら、短く唱えられる魔法の詠唱を始めていた。
「セツナ様」
そしてちらりと、詠唱の合間に此方を伺いながら声を掛けて来た。
「‥はい」
「触手はイージス達に任せて、私達はあの魔物を」
言われた方に、自然と目が行く。
そして、否が応にも、大きな瞳と視線が出会う。
「あれは浮いていますから、剣士では先ず張り付かねばなりません。魔法の方が安全に攻撃を届かせやすいですわ」
ルインさんが一旦、周りの触手に幾筋かの雷を落としながら、強い口調で言い切った。
「——わかりました」
直接対峙する事への緊張を覚えながらも、その彼女の的確な提案にゆっくり頷いた。

こうしている間にも‥‥視線を戻すまでも無く、相手からは常に視られているのを感じる。
そして何となく、輝きを増す気配で、向こうが魔法か何かの攻撃を仕掛けようとしているのをも感じることが出来る。
何せ大きい魔物だけに、こちらかもその行動が逐一よく分かる。
例え、私達がはっきりと其方を向いていなくても。
常に相手の行動が意識の中に入ってくるのは、長く続けばきっと大きな負担になる。
ーー返せば、逃げも隠れも出来ない、という事だから。
なるべくしっかりと、狙って仕掛けていきたい‥‥。
‥‥それには、どうすれば‥‥?
元々、魔物の大きさや形態に畏怖を感じていたところに、緊張からの汗も手の内に滲み始める。
その中でも、剣を振るう音と空気の揺れ、そして触手の切り裂かれる音と気配が常に混じる。
背後ではイージスさんとアツシさんが、今この時も必死に触手を払ってくれている。
迷って、うかうかしてもいられない。
「——いけない、来ます!」
「‥‥はい!」
ルインさんの声と共に、その場を飛び退こうと身構える。
‥‥と。
魔法だと思っていたものとは、今回は全く別物だった。
「‥‥ああっ?!」
「‥‥!」
「これは‥‥?!」
「——くっ‥」
それぞれの行動をとっていた四人同時に、短く声を挙げていた。
目も開けていられない、眩い光が――魔物の大きな眼球から発せられたのだ。
咄嗟に腕で目のあたりを庇ったものの、直ぐには視界が戻らない。
ちゃんと目を庇いきれたのかすらも分からない程、瞬時に辺り一面を灼く強い光だった。
「‥‥こんな‥‥攻撃まで‥?!」
ルインさんの苦々しい言葉を、掌で顔を覆ったまま耳だけで聞き取る。
そして徐々に目の奥がじんじんと痛むような刺激が治まってゆくに従って、手をゆっくりと下ろしてみる。
「‥‥?」
本当に、ゆっくり。
明らかにーーいつもより、動きが鈍い。
「‥‥セツナ様‥‥!」
「なに‥‥これ‥?」
思わず、握ったり開いたりしようとしてみた手に目を遣り、驚いた。
皮膚の表面がざらりとーー固くなってきている。
ーーまるで、石みたいに。
「‥‥え‥?!」
もしかして、体が‥‥石に?!
魔物の持つ力には、こんなものもあるの‥‥?
ただ私が、知らなかっただけかもしれないけれど。
信じられないものを見るような気分で、魔物の方へと視線を戻してみる。
その視界に映る相手が、靄の中に居るように見え始める。
体が硬くなるにつれ、視界もざらつき薄れ始めている。
体の中から、全て石にされるーー?!
「‥‥!‥‥っ?」

「‥‥セツ‥‥様‥」
「‥セ‥‥ナ‥‥!」
耳から入る音まで、遠くなり始めた気がする。
恐怖で喉がからからになるものの、喉も思う様に動かず唾も満足に呑み込めない。
そして体が石になるにつれ、体温が下がっているのか。
はたまた、血の気が一斉に引いているのか。
「———!」
魔物の姿を目に入れながら、ぞわりと寒気が走った。

ーーやはり、表情が動かない筈の魔物が‥‥にやりと、嗤った気がした。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。