表記について

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1

一体ーーどのくらい、経ったのだろう。

昏く閉ざされていた意識の中に、ゆっくりと柔らかくも眩い光が射し始めた。
それに、何か小さな音が聞こえる。
”チチチ‥‥”と鳴くのは‥‥、鳥?
‥‥じゃあ、ここは‥‥?

その光と音にに反射的に目を瞬かせ、うっすらと未だ重い瞼を開ける。
ーーぼんやりと、まず視界に飛び込んでたのは。
見慣れた、けれど懐かしい家屋の天井。
石造りの、横の壁の小窓から、朝陽が射し込んでいたのだ。
光と共に、潮風が漂って来る。
‥‥此処は‥‥カサディス?

改めて辺りを見渡せば、見覚えのある大きな壁掛けが次に目に入った。
赤い、竜を描いたようなそれは‥‥。

と、答えが浮かぶ前に、断片的に聞こえて来る話し声が次に耳に入ってきた。

此の声は‥‥。
ゆっくりと、仰向けに横たわっていた寝台から身を起こす。
今のこの状況は、そういえばあの日と同じだ。

ーー赤い竜が突如この村を襲った、そのうえで私の、そして皆の運命が大きく変わったあの日。
あの日も、浜から助け運ばれた私は、確か此処で目が覚めた。
この村の村長・アダローー父さまの家だ。
そして今、廊下を挟んだ向こうの部屋から聞こえて来るのは‥‥。
身をゆっくりずらして、少しふらつく足で寝台から降り立った。
手に力を入れると、手首から肘にかけてのあたりに、少し痛みが走った。
その元を見てみると、腕に包帯が巻かれている。
これは‥‥。

少し疼く手をさすりながら、そのまま静かに、声のする部屋の方へと歩み寄ってみる。
少し広くなっている居間の机を挟んで、二人の人物が何か話をしていた。
アツシさんと‥‥父さまだ。
どうやらアツシさんの話を、うんうんと聞き入っていたらしい。
そして、たまに短い言葉を返したりしている。
ーー何か、不思議な光景で‥‥少しくすぐったいような感覚が走る。

「‥‥おお、セツナか。もういいのか?」
どう声を掛けていいか分からず居ると、そのうち父さまが気付いて声を掛けてくれた。
アツシさんも、同時に振り向き此方を見た。
「‥‥あ、はい‥‥。」
頷きながら返事して、それぞれ二人の顔を見た。
二人とも、穏やかな表情でこちらを見ていて。
私もつられて、はにかむような笑顔になるのが分かる。

大切な二人が、今此処で一緒に居て‥‥。
そして、何を話していたのかは分からないけれど、和やかな雰囲気に安心感を覚える。
「‥‥話は聞かせて貰ったよ」
「え?」
「今まで、大変だったようじゃな。ーー特に今回は」
ーーなるほど、冒険の話をしていたんだ。
と、まだちゃんとはっきりと思考が回りきらないのか、あっさりと納得した。
「その怪我は、ベニータに手当てをして貰っておいた。後でまたお礼を言っておきなさい」
「‥‥、はい」
そうか‥‥、そうだった。
あの島で大きな魔物と戦って、そして‥‥。
ーー此処に、運んでくれたんだ。
「通りを歩いておったら、何処からか帰ってきたお前さんらが目に入ってな。うちに来て貰っておった」
父さまはそう言いながらアツシさんに目線を流し、すると彼も一度父さまに目を合わせて頷いた。
「私も、勝手が分からないもので‥‥助かりました」
軽くお辞儀をしながら返す彼に、父さまはほっほっと、明るく笑った。
「——まあ、此処もセツナの家、じゃからな。遠慮は要らんよ。後はもう少し居るなり、自室へ帰るなり、好きにしなさい」
「‥‥はい、ありがとう‥」
「ありがとうございます」
私とアツシさん、同時に返事をして、ちらと目を合わせてふふっと笑う。

ただ、ほっとしたところで、今更ながら或る事に気が付いた。
「あの、そういえばーー父さま?」
「——ん?何かね」
「‥‥あの‥‥キナは?」
この家には、父さまの他にも、もう一人居た筈だ。
私とは姉妹のように育った、幼馴染のキナ。
彼女も癒しの魔法や薬の勉強をよくしていたから、私の傷の手当てなら彼女でも充分して貰えたた筈だ。
隣の部屋に居る気配も無いし、話にも出て来ない。
村を出るときに別れて以来‥‥彼女は、どうしているのだろう‥‥?

「‥‥あの子はな」
溜息のような静かに息をひとつ吐き、父さまがまた口を開いた。
「自分にも出来る事を探すと、この村を発って行ったよ」
「‥‥え‥‥」
ーーどきりとした。
もう、此処には居ないなんて‥‥。
私が此処へ帰ってきたのは偶然のようなものだけれど、それでも、帰ってくれば会えると思っていた。
「そんな、いつの間に‥?」
「‥‥つい、先日じゃ」
突然の話に、愕然とした。
今此処へ帰ってくる前にも、この村へ戻っていれば‥‥また会えたかも知れないのに。
すっかり、目先の事に忙しく過ごしていて、そんなことを考えている余裕もなかった。
「‥‥そう、ですか‥‥」
気持ちが沈むと共に、つい俯いてしまっていると、再びもう少し明るい口調での声が掛かった。
「ただな、その際には‥‥」
顔を上げると父さまは、にっとまるで得意げに笑っていて。
「きっとお前さんらも、知り合いじゃろう。そういう者達に護衛を頼んでおいた」
「‥‥え‥‥?」
「また会ったら、話を聞いてみなさい。その後どうしたのか、儂も気になるしな」

‥‥私達の、知り合い‥‥。
想い付く人物は、限られている。
イージスさんとルインさんは、さっきまで島で一緒に居た。
ただそれまでは、どうしていたのか知らないけれど。
そして、もう一組‥‥。
「‥‥まさか‥‥」
その考えを呟きにして先に口にしたのは、アツシさんだった。
「‥‥まさか‥‥?」
自然と、目が合う。
首を傾げ合っていると、また明るい笑い声が間に入ってきた。

「--さあて、儂は少し用があるでな」
声と共に父さまは席を立ち、部屋の出入り口に立つ私の方へと歩み寄ってきた。
そしてすれ違いざま肩をぽんと叩いて、
「‥‥少しは、ゆっくりしていきなさい。ではな」
そう言い残して玄関先のドアへと向かっていった。
「‥‥はい。ありがとう‥‥」
振り向きお辞儀を返して、明るい光の中へと出て行く背を見送った。

ぱたんと音がして、辺りが一度静かになった。
「‥‥セツナ」
背中に、アツシさんの気配が近付いて来るのが分かる。
其方を振り返ると同時に、包帯を巻いた腕にそっと手を添えるように掴まれた。
「‥‥あ‥‥」
「‥‥庇いきれず、すみませんでした。大丈夫‥‥ですか?」
耳元で聞こえる声に、みるみる頬が熱くなり‥‥顔が赤くなってしまっているのが何と無く分かる。
「いえ、そんな‥‥」
目を合わせていられず俯いてしまい、声にならないような小さな声しか出ない。
「‥‥えっと‥‥あの‥‥」
腕に添えていた手が、片方。
頬に添えられて、顔を上げられる直前。
「あの、良かったら‥‥、少し村を歩きませんか?」
最後の方は、少し早口になっていたかも知れない。
真っ直ぐ目が合った彼が、ふふっと微笑んだ。
「——はい」
「あの、‥‥お礼にも、行かなきゃ‥‥」
「‥‥そうですね」
頬に添えられていた手が、ぽんと肩に置かれた。

ーーちょっと、ほっとしてしまうのは‥‥どうしてだろう。

揃って玄関へ向かい、ドアを開け、久しぶりに外の光と風を浴びた。
自然の明るさに目が眩み、目元に手を翳したその下を。
朝の心地良い肌触りの潮風が、まだ少し火照っている頬を冷ますように撫で通り過ぎて行った。
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