表記について

・R指定表現のあるページには、(※R) を付けています。苦手な方は読み飛ばし下さいませ。
・最新の更新ページには、★をつけておきます。そして、画像を新に貼ったページには、☆をつけておきます。

2

ーー帰って、来たんだ。

建物の外に出ると、懐かしい光景と潮風に包まれて、一気に気持ちが高揚する。
村長の家は高台にある立地上、眩く晴れ渡る空が目の前に、その好天の下に光を受けて輝く海が眼下どこまでも拡がって見える。
それらの光景を見ながら爽やかな潮風に吹かれていると、昏い迷宮での戦いの後だからだろうか、気持ちが洗われるようで。
背伸びしながら大きく息を吸い込んで、今この恵まれた環境の中に居られる喜びを表してみる。
こういう実感も、今までの冒険の中で少しずつ、培ってきたものなのかもしれない。


「——静かな‥ところですね」
隣で同じく拡がる景色を眺めながら、アツシさんが柔らかく呟きかけて来た。
彼の横顔がとても穏やかで、そしてこうして此処で隣に居られる事が嬉しくて。
自然と頬が緩みながら、はい、と小さく返事した。
「此処が‥‥私の育った村です」
続けて言いながら、下の集落へと降りる坂道へと彼より先に向かう。
「‥‥良ければ少し、案内させてください」
振り向いて促すと、彼は静かに微笑んで頷いてくれた。

ーーそのまま、少し坂道を下ると‥‥。
「——此処が、私の家です」
道沿いに、小さいながらも私の自宅がある。
かなり久しぶりに、扉を開けて覗いてみる。
その瞬間は、まるで他所の家のようにも感じるけれど‥‥。
中の光景を見ると、ああ、やはり私の家だと実感する。
元々、大して物を置いていない家なのだけれど、それだけに領都の宿などとは全く雰囲気が違う。
そして‥‥。
暫く旅に出ていたお陰で、家の中が少し埃っぽくなっている気がする。
食べ物も、根菜などの貯蔵品以外には何もない筈。
「‥‥ごめんなさい、うちはまた後で‥」
自分の中だけで結論を出しているせいか、アツシさんは少し不思議そうな顔をしているけれど。
彼を招き入れようにも、準備が何も整っていない。
「えっと‥‥部屋の掃除も、食べ物も‥‥」
思わず、僅かに首を竦めてしまいながら、彼に説明にならない説明をしようとすると。
「‥‥はい」
くすっと、笑われてしまった。
「後で、一緒にやりますか?」
そう言われると、少し申し訳ない気持ちになってしまいながらも。
「‥‥はい。ありがとう、ございます」
一応、目を合わせながら応えた。
もしかすると、まだ家で二人になるのが、少し恥ずかしかったのもあるかもしれない。
今まで、二人だけでゆっくり過ごすという時間がほぼ無かった。
突然、一日中家で二人で過ごす時間が出来ても、どう接していいのか‥‥。
ーー難しく考えすぎ、なのかもしれないけれど。
「じゃあ、えっと‥‥」
今は一旦、自宅に入るのは辞めておいて、さて‥‥と思ったところで。

「‥‥おや、セッちゃんじゃないかい」
家の先の、村の通りに出る道の方から。
此方もまた、懐かしい声が掛かった。
私からは、ちょうど目線の先にアツシさんが居て見えなかったのだけれど。
彼の袖の方から顔を覗かせて、声の主の方を伺った。
「‥‥お久しぶりです、ベニータさん」
にこにこと微笑みながら、手を上げて近づいてくる女性。
ちょうど、私の探し人でもあったーーベニータさんだった。
「元気だったかい?‥‥って、ちょっと大変そうだった感じだけどねえ」
よく通る声で、いつものように気さくに声を掛けてくれる。
袖の腕まくりをした服に、前掛けをかけて村を歩き回るスタイルは、この村でも特に面倒見のいい彼女らしい服装で。
確か、竜が村を襲った後も、村人たちの手当てに薬を作ったりしてくれていた事を思い出す。
「‥‥はい。あの‥‥、ありがとうございました」
やはり、彼女が薬を作って手当てしてくれたのは間違いないだろう。
皆まで聞かないうちに、お礼を述べながら頭を下げた。
すると彼女は、私の腕に目を移し、さっと手に取って。
「綺麗に治るまでは、もう2~3日かかるよ。また後で、薬を持ってきてあげるから待っておいで」
ほんの僅かに、ぽんぽんと叩くように包帯のうえから手を乗せながら診てくれた。
「——はい、本当に‥ありがとうございます」
もう一度軽く頭を下げると、彼女は今度は、あははと笑いながら私の肩をぽんと叩いて。
「そんなに、気にしなくていいんだよ。大変なんだろ。せめてその間でもゆっくりしておいでよ」
腰に手を当て、にっこりと笑って労ってくれた。
「‥‥はい‥‥」
じんわりと、胸の内が温かくなる。
彼女の詞とは裏腹に、深く頭を下げた。

「———で?」
「‥‥?」
一際明るい彼女の声に、何かと顔を上げると。
「こっちの兄さんは?ーーそういえば、村長の家でも会ったねえ」
「あ‥‥、えっと‥‥、」
‥‥そういえば、咄嗟にどう紹介していいのか分からない。
村を案内すれば、そういう局面も在るかも知れないというのに‥‥何も考えてなかった。
「アツシと云います。よろしくお願いします」
彼が自分から先に、右手を挙げて挨拶してくれた。
その対応に、ベニータさんは、ほお、と短く声を漏らして。
「なるほどねえ。‥‥セッちゃんを、しっかり頼むよ」
彼にも向かって、にっこりと微笑みかけてくれた。
「はい」
彼ーーアツシさんも、微笑みながらしっかりと頷いて応えた。

「ふうん、見たところ‥‥なかなか腕っぷしもよさそうだね」
彼の腕にぽんと触れながら、今度は此方にからからと笑い掛けられて。
「ーーいいひと見つけたね、良かったじゃないか」
「‥‥えっ?」
思わずまた、どう答えていいか分からなくなる。
けれどそこへ‥‥。
「ーーはい。私が必ずお守りします」
彼の言葉に、またも助けられたような。
‥‥何考えてるんだろう、私‥‥。
まるで自分が、逸れた言葉の取り方をしてしまっていたような、気恥ずかしさを感じながら。
でもそれは、ベニータさんの行動と柔らかく掛けられた言葉で、あながち間違いではなかったと思えた。
「‥‥いいじゃないか、仲良くやんな」

私達のそれぞれの片方の手を取って、彼女の手の上に重ねられたその先には。
それぞれの指の一対の指輪の石が、陽を受けて光っていた。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。