表記について
・R指定表現のあるページには、(※R) を付けています。苦手な方は読み飛ばし下さいませ。
・最新の更新ページには、★をつけておきます。そして、画像を新に貼ったページには、☆をつけておきます。
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ーー※今回も、続きましてアツシ視点です。——
店を出て、広場を真っ直ぐ北へ歩く。
噴水の辺りから宿の前まで、それはよく私自身毎日通った覚えがある。
朝になると、マスターである‥‥セツナを迎えに行っていた通り道だ。
朝になれば会える、言葉が交わせるーーそれを楽しみに。
今思えば、無理に自分を隠す事など無かったのに‥‥。
かれど、その当時の私にはきっとそれで精一杯だったのだ。
ーーつくづく、馬鹿な事をしていたものだ。
微かな嗤いを漏らしてしまいながら、宿の軒先を見上げ立ち止まる。
数日後、彼女とこの都へ来たらーー此処に止まって色々語りたいものだ。
以前、夜になると離れていた時間を、せめて少しでもそうして取り戻す事が出来たら‥‥。
これからも沢山、時間はある筈なのに。
過ぎ去った時間さえ、少しでも惜しいと思ってしまう。
その過ぎ去った時間の中で、一度ははっきりけじめをつけておきたい事がある。
今日は、それも解決しに来たのだ‥‥。
ひとり軽く頷き、もう一度足を進める。
宿屋の建物の側面に伸びるなだらかな坂道を上がり、衛兵の立つ門をくぐる。
此処を抜ければ、広い邸宅の立ち並ぶ富裕区‥‥そして王城が区域の奥にその姿を一段と大きく構えている。
その区域の広い通りを、そのまま道なりに真っ直ぐ歩く。
市街区程は人通りも多くなく、先が見渡しやすい。
その道の先に、見えて来たものはーー。
城の前に立ちはだかる大きな門、そして。
近付くにつれ姿がはっきりと見えて来る、とある人影。
周りの兵士とは一風違う、紅い衣服に身を包んだその人は‥‥。
まだ少し遠く顔立ちが分かり始める距離から、既に互いの視線が合っている。
目を逸らさぬまま、歩調を落とさず近付く。
一見無表情にも見える表情、それはきっと私も同じだろう。
傍から見ると、ただ私が城へと歩くようにしか見えない筈だ。
けれど私は、その人物の前で徐に立ち止まる。
しっかりと目を合わせている人物は、やはり表情が変わらない。
そして、言葉も発さないーーそれも当然、私は本来なら用の無い筈の者なのだから。
「——お久しぶりです‥‥卿」
此方から軽く頭を下げ、声を掛けた。
そうすれば必然と、用があって赴いたのだと本人も分かるだろう。
常に城門の前で警備を続ける兵士長ーーマクシミリアン卿は、今この時もこうして任をこなしているのだ。
そもそも、あからさまに不審な動きでもしない限り、向こうから声を掛けられることは無い。
私が勝手に赴いて、勝手に用があるだけなのだ。
「これは‥‥貴殿がわざわざ此処まで来られるとは。珍しいものですね」
卿も言葉とは裏腹に、落ち着いたままの体で返して来る。
「はい、今日は私一人です。‥‥話したい事があって参りました」
「ーーほう?話とは‥‥何でしょうか」
一瞬、目の奥に鋭い光が射した気がした。
が、気のせいだろうか‥‥とすら思う間しか空けず、無に近い表情に戻る。
「はい、今回のーーと云っても、時間はかなり経ってしまっていますが。遺跡調査の任務の件なのですが‥‥」
ひとつひとつ、自分の中で言葉を選びながら口にしてゆく。
「‥‥ああ、それでしたら」
続きの言葉をどう出そうか一瞬考えたところで、卿が言葉を挟んできた。
「先日、二人連れの方が訪ねて来られましてね。覚者殿は所用で暫く来られない、けれど調査は確かに終えていますーーと聞いていますが?」
「‥‥え‥‥」
「わざわざ言いに来られずとも、既に教会の調査団の方から話も通されていたのですがね。はっきりとされておきたかったのでしょう‥‥強い目をしたお二人でした」
ーー誰だろう、と、思い浮かべてみるが‥‥。
やはり思い当たるのは、あのひと達だ。
共に辛い探索任務に挑んだ、あの二人。
その答えをなぞるように、卿の話は続いた。
「片方の方はギルドの首席、そして片方の方は、教会にも通じていると仰っていましたからね‥‥間違いではないのでしょう。まあ、覚者殿が戻って来られない事からの悪い風評を懸念されたのかもしれませんが」
やはり、ルゥさんとハゥルだ。
領都で少しやることがある、と聞いたのは、この事だったんだろうか?
しかし‥‥ハゥルがギルドの首席であるというのは、わざわざ言わなくてもいい気もするのだが。
きっと、ルゥさんが言ったのだろうーーその時の様子を思い浮かべると、不謹慎にも小さく笑いそうになってしまう。
「覚者殿も——なかなか良いお仲間を持ったものですね。流石と云いましょうか」
ふっと、卿の表情が緩んだ。
それはーー彼女の事を思い浮かべての事なのだろうか?
彼女に対し、良い印象を持ってもらうのは構わない。
――しかし。
「もう一つ、折り入って卿にお話があります」
「--まだ私に何か?」
卿の表情が、無に戻った。
私自身も、なるべく穏やかに話そうと‥‥手を下げたまま軽く緊張の拳を握る。
「——マスターに‥‥彼女には、手を出さないで頂きたいのです」
「ほう‥‥私が‥‥?あの方に‥‥?」
今度は、明らかに視線が鋭くなった。
けれど、穏やかな口調は変わらない。
‥‥流石、表に立つ者‥‥というところか。
「はい。‥‥私も、荒立てるつもりはありません。彼女が哀しむことはしない‥‥そう決めていますので」
「‥‥ふむ、言うようになりましたね。あの時と比べて」
卿の口元が、不敵に緩んだ。
あの時、とは‥‥ギルドの傍で言葉を交わしたあの夜の事だろう。
その当時は私も、溢れ出ようとする気持ちを抑えるのに必死だった。
そのために、自分の言葉も偽っていた。
それを見抜かれた、あの時。
ーー私がそこで素直になっていれば、全て起こらなかった事なのだ。
「‥‥はい、もう偽るのはやめました。私は‥‥」
「分かっていますよ」
言葉で制止するように、きっぱりとした声が割って入った。
「貴殿には全て、隠しても無駄なのだろう。そうだ、私は‥‥。しかし、これでも引き際は心得ているつもりだ。もう私には入る隙間も無い‥‥のでは?」
瞬きするほどの、ほんの一瞬。
卿の不敵な表情のその中に、どこか寂しげな色が混じった気がした。
言葉の代わりに黙って頭を下げ、もう一度しっかりと目を合わせた。
「彼女はーーマスターは、私が守ります。何があっても必ず‥‥何時まででも変わらず‥‥」
卿は、ただ黙って聞いている。
わざわざ、此処で言う事ではないのかもしれない。
けれど、”あの時”ーー想いを引き出してくれた人でもある卿には、改めて聞いて欲しかった。
今は一切、迷いが無い‥‥それを自分でも確かめるように、卿を利用してしまっているのかも知れないが。
けれどこれが、自分の中に棲んでいた”迷い”にも対するけじめーー自分のせいでその後起こってしまった事にも対する、贖罪なのだと思いたい。
だからこそ、卿にも話を通しておきたかった。
「‥私は彼女を‥‥セツナを、愛しています」
ーーふっと、卿の口元が明らかに緩んだ。
「ふむ、言うようになられた。ポーンにしておくのが勿体ない‥‥良い意味でそう思える位に。——私の方こそ、申し訳なかった。本当に‥」
言うなれば、つまらない用事で時間を取らせているというのに。
事が起こったその時に、短絡的に行動しなくて良かったと、セツナがあの時止めてくれて良かったのだと、今改めて思う。
イージスさんも言っていた、”迷わず、素直に”ーーその時しっかり自覚出来ていれば良かったのだが。
全てを今になって自分の中で纏められたような、そしてそうしてくれた周りの想いに今気付けたような。
複雑な、そして深い感謝と共に、ゆっくりと頭を下げた。
ーー卿とはそのまま、互いに自然と背を向けて別れた。
次に会う時には、またセツナと一緒に任務の話を交わせるだろうか。
そうでなければ、彼女も先へは進めないだろう。
‥‥彼女が邂逅を求める、竜の許へ‥‥。
もうすぐ、陽が少しずつ落ちはじめる刻限だろうか。
雑貨や薬を買いに、商店を巡る間。
さらりと吹き抜けた爽やかな風に、ふと恋しさを感じた。
やはり今、とてもーー彼女に会いたい。
優しく抱きしめて、そのままゆっくり眠りたい。
ーー早く帰ろう、きっと私を待ってくれている‥‥セツナのもとへ。
店を出て、広場を真っ直ぐ北へ歩く。
噴水の辺りから宿の前まで、それはよく私自身毎日通った覚えがある。
朝になると、マスターである‥‥セツナを迎えに行っていた通り道だ。
朝になれば会える、言葉が交わせるーーそれを楽しみに。
今思えば、無理に自分を隠す事など無かったのに‥‥。
かれど、その当時の私にはきっとそれで精一杯だったのだ。
ーーつくづく、馬鹿な事をしていたものだ。
微かな嗤いを漏らしてしまいながら、宿の軒先を見上げ立ち止まる。
数日後、彼女とこの都へ来たらーー此処に止まって色々語りたいものだ。
以前、夜になると離れていた時間を、せめて少しでもそうして取り戻す事が出来たら‥‥。
これからも沢山、時間はある筈なのに。
過ぎ去った時間さえ、少しでも惜しいと思ってしまう。
その過ぎ去った時間の中で、一度ははっきりけじめをつけておきたい事がある。
今日は、それも解決しに来たのだ‥‥。
ひとり軽く頷き、もう一度足を進める。
宿屋の建物の側面に伸びるなだらかな坂道を上がり、衛兵の立つ門をくぐる。
此処を抜ければ、広い邸宅の立ち並ぶ富裕区‥‥そして王城が区域の奥にその姿を一段と大きく構えている。
その区域の広い通りを、そのまま道なりに真っ直ぐ歩く。
市街区程は人通りも多くなく、先が見渡しやすい。
その道の先に、見えて来たものはーー。
城の前に立ちはだかる大きな門、そして。
近付くにつれ姿がはっきりと見えて来る、とある人影。
周りの兵士とは一風違う、紅い衣服に身を包んだその人は‥‥。
まだ少し遠く顔立ちが分かり始める距離から、既に互いの視線が合っている。
目を逸らさぬまま、歩調を落とさず近付く。
一見無表情にも見える表情、それはきっと私も同じだろう。
傍から見ると、ただ私が城へと歩くようにしか見えない筈だ。
けれど私は、その人物の前で徐に立ち止まる。
しっかりと目を合わせている人物は、やはり表情が変わらない。
そして、言葉も発さないーーそれも当然、私は本来なら用の無い筈の者なのだから。
「——お久しぶりです‥‥卿」
此方から軽く頭を下げ、声を掛けた。
そうすれば必然と、用があって赴いたのだと本人も分かるだろう。
常に城門の前で警備を続ける兵士長ーーマクシミリアン卿は、今この時もこうして任をこなしているのだ。
そもそも、あからさまに不審な動きでもしない限り、向こうから声を掛けられることは無い。
私が勝手に赴いて、勝手に用があるだけなのだ。
「これは‥‥貴殿がわざわざ此処まで来られるとは。珍しいものですね」
卿も言葉とは裏腹に、落ち着いたままの体で返して来る。
「はい、今日は私一人です。‥‥話したい事があって参りました」
「ーーほう?話とは‥‥何でしょうか」
一瞬、目の奥に鋭い光が射した気がした。
が、気のせいだろうか‥‥とすら思う間しか空けず、無に近い表情に戻る。
「はい、今回のーーと云っても、時間はかなり経ってしまっていますが。遺跡調査の任務の件なのですが‥‥」
ひとつひとつ、自分の中で言葉を選びながら口にしてゆく。
「‥‥ああ、それでしたら」
続きの言葉をどう出そうか一瞬考えたところで、卿が言葉を挟んできた。
「先日、二人連れの方が訪ねて来られましてね。覚者殿は所用で暫く来られない、けれど調査は確かに終えていますーーと聞いていますが?」
「‥‥え‥‥」
「わざわざ言いに来られずとも、既に教会の調査団の方から話も通されていたのですがね。はっきりとされておきたかったのでしょう‥‥強い目をしたお二人でした」
ーー誰だろう、と、思い浮かべてみるが‥‥。
やはり思い当たるのは、あのひと達だ。
共に辛い探索任務に挑んだ、あの二人。
その答えをなぞるように、卿の話は続いた。
「片方の方はギルドの首席、そして片方の方は、教会にも通じていると仰っていましたからね‥‥間違いではないのでしょう。まあ、覚者殿が戻って来られない事からの悪い風評を懸念されたのかもしれませんが」
やはり、ルゥさんとハゥルだ。
領都で少しやることがある、と聞いたのは、この事だったんだろうか?
しかし‥‥ハゥルがギルドの首席であるというのは、わざわざ言わなくてもいい気もするのだが。
きっと、ルゥさんが言ったのだろうーーその時の様子を思い浮かべると、不謹慎にも小さく笑いそうになってしまう。
「覚者殿も——なかなか良いお仲間を持ったものですね。流石と云いましょうか」
ふっと、卿の表情が緩んだ。
それはーー彼女の事を思い浮かべての事なのだろうか?
彼女に対し、良い印象を持ってもらうのは構わない。
――しかし。
「もう一つ、折り入って卿にお話があります」
「--まだ私に何か?」
卿の表情が、無に戻った。
私自身も、なるべく穏やかに話そうと‥‥手を下げたまま軽く緊張の拳を握る。
「——マスターに‥‥彼女には、手を出さないで頂きたいのです」
「ほう‥‥私が‥‥?あの方に‥‥?」
今度は、明らかに視線が鋭くなった。
けれど、穏やかな口調は変わらない。
‥‥流石、表に立つ者‥‥というところか。
「はい。‥‥私も、荒立てるつもりはありません。彼女が哀しむことはしない‥‥そう決めていますので」
「‥‥ふむ、言うようになりましたね。あの時と比べて」
卿の口元が、不敵に緩んだ。
あの時、とは‥‥ギルドの傍で言葉を交わしたあの夜の事だろう。
その当時は私も、溢れ出ようとする気持ちを抑えるのに必死だった。
そのために、自分の言葉も偽っていた。
それを見抜かれた、あの時。
ーー私がそこで素直になっていれば、全て起こらなかった事なのだ。
「‥‥はい、もう偽るのはやめました。私は‥‥」
「分かっていますよ」
言葉で制止するように、きっぱりとした声が割って入った。
「貴殿には全て、隠しても無駄なのだろう。そうだ、私は‥‥。しかし、これでも引き際は心得ているつもりだ。もう私には入る隙間も無い‥‥のでは?」
瞬きするほどの、ほんの一瞬。
卿の不敵な表情のその中に、どこか寂しげな色が混じった気がした。
言葉の代わりに黙って頭を下げ、もう一度しっかりと目を合わせた。
「彼女はーーマスターは、私が守ります。何があっても必ず‥‥何時まででも変わらず‥‥」
卿は、ただ黙って聞いている。
わざわざ、此処で言う事ではないのかもしれない。
けれど、”あの時”ーー想いを引き出してくれた人でもある卿には、改めて聞いて欲しかった。
今は一切、迷いが無い‥‥それを自分でも確かめるように、卿を利用してしまっているのかも知れないが。
けれどこれが、自分の中に棲んでいた”迷い”にも対するけじめーー自分のせいでその後起こってしまった事にも対する、贖罪なのだと思いたい。
だからこそ、卿にも話を通しておきたかった。
「‥私は彼女を‥‥セツナを、愛しています」
ーーふっと、卿の口元が明らかに緩んだ。
「ふむ、言うようになられた。ポーンにしておくのが勿体ない‥‥良い意味でそう思える位に。——私の方こそ、申し訳なかった。本当に‥」
言うなれば、つまらない用事で時間を取らせているというのに。
事が起こったその時に、短絡的に行動しなくて良かったと、セツナがあの時止めてくれて良かったのだと、今改めて思う。
イージスさんも言っていた、”迷わず、素直に”ーーその時しっかり自覚出来ていれば良かったのだが。
全てを今になって自分の中で纏められたような、そしてそうしてくれた周りの想いに今気付けたような。
複雑な、そして深い感謝と共に、ゆっくりと頭を下げた。
ーー卿とはそのまま、互いに自然と背を向けて別れた。
次に会う時には、またセツナと一緒に任務の話を交わせるだろうか。
そうでなければ、彼女も先へは進めないだろう。
‥‥彼女が邂逅を求める、竜の許へ‥‥。
もうすぐ、陽が少しずつ落ちはじめる刻限だろうか。
雑貨や薬を買いに、商店を巡る間。
さらりと吹き抜けた爽やかな風に、ふと恋しさを感じた。
やはり今、とてもーー彼女に会いたい。
優しく抱きしめて、そのままゆっくり眠りたい。
ーー早く帰ろう、きっと私を待ってくれている‥‥セツナのもとへ。
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