表記について

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11

――※今回も、アツシ視点でお送りします。——

ギルドを出るとすぐ、出入り口に平行して延びている道へと足を踏み出す。
リムでの移動は大して時間がかからない。
未だ外は、陽も高く昇っている刻限。
通り道を挟んでギルドと反対側に拡がる小麦畑が、陽と風を受けて金色にさざめいている。
ーーどこまでも蒼い海が拡がるカサディスとは、正反対とも云える光景だ。
彼女は、もしかしたら‥‥。
此処へ着いた当初は、かなり戸惑っていたのではないだろうか?
実際、市街での道がよく分からず困った様子も見せていたな‥‥。
それをまた、可愛いと思ってつい笑ってしまったものだ。
相変わらず頭の中は、愛する彼女ーーセツナの事で一杯だ。
ふっと、思わず自分で小さな嗤いを漏らしてしまう。

少し歩いたところで、一度足を止める。
右手の向こうに在る市街地へ出る門、真っ直ぐもう少し行けば城や富裕区の住宅地へ出る門。
二手に分かれた道を、先ずはどちらへ行こうか一瞬考える。
なるべく間を置かず、足を右手の方へ向けた。
広く拓けた噴水を据えた広場へと続く石畳の道、それを取り囲むように立ち並ぶ店の看板。
門から直ぐに続く商店区は、いつも人が行き交い賑わっている。
その中を、真っ直ぐにある建物を目指し歩を進める。
丁度野菜や果物を売る出店の、すぐ手前。
扉もなく大きく開かれた玄関口に、先ずは会っておきたいと思っていた人物の背中があった。
背はさほど高くないが、がっしりとした体つきのーー。

此方から真っ直ぐ近付いてゆくと、自然と相手の方から振り返ってくれた。
「——おお!アツシ君じゃないか」
いつの事だろうか傷を負い、痕と共に閉じられた片側の目。
沢山の人が食堂として、そして仕事を斡旋する副業も営む酒場の店長、アースミスさんだ。
この店では、私達も厚い歓待を受け、何度も世話になっている。
黙って作業をしていれば厳めしくも見えるかもしれないその顔を、けれど瞬時に明るく破願させた。
両手で運んでいたのであろう木箱を下ろし、軽く手を振りながら声を掛けてくれた。
「——どうも。ご無沙汰しております‥」
「ははは!いやいや、良いんだよそんな事は!‥‥元気そうで良かったよ」
小さくお辞儀を返しながら答えると、背中を何度か軽く叩きながら軽快に笑う。
つられて此方も頬を緩ませながら、ありがとうございます、と小さく礼を述べた。
「まあ、こんなとこでも何だし、入んなよ?」
そのまま背を押され、店内へと連れられ入る。
未だ店の中は昼時の雰囲気で賑わっている。
「ーーあら、いらっしゃい!‥‥あ、はいはい」
客席の少し向こう側、調理場の窓口のカウンターのあたりでは、女店員のネッティさんが熱心に食事のトレイを運んでいる。
声を掛けてくれたものの、直ぐにどこかから呼ばれて身を翻す。
何も考えず、忙しい時間に訪れてしまったのではないだろうか。
「あの‥‥」
「まあまあ」
出直そうかとも考えたのだが、店長に更に背を押されて空いている席へと案内された。
「昼飯もまだなんじゃないかい?もしそうなら、良けりゃ何か食べて行けばいいさ」
にっこり明るい笑顔と共に席に着くと、懐かしさも込み上げて来る。
実際、先程からーー店に入った瞬間から、いや、店長の姿を見た時からそれは感じているのだが。
「——いえ、今日は‥‥後で持ち帰られるものを」
「‥‥ん?」
私の言葉に、店長は一瞬きょとんとした表情で。
その後顎に手を遣り、ふむ、と考えるような姿勢を取った。
「セッちゃん‥‥」
「え?」
「今日はそう云えば、セッちゃんが一緒に居ないようだけど‥‥?」

店長の質問に、なるべく手短に今までの事を説明した。
最後に此処へ来た後、新たな任務で遺跡探索へ行っていた事。
そしてその後、未知の島へと旅立っていた事。
それから‥‥。
苦しく厳しい探索の途中、一度カサディスへ二人で戻った事。
そこまで説明していくにつれ、店長はいつもの調子でにっこりと微笑んで黙って話を聞いていた。
「——へえ。それじゃあ、故郷に二人で一緒に居るのかい」
「‥‥はい」
頷きながら答えると、店長は自分の中で納得するようにうんうんと頷き‥‥。
「——?!」
ばん、と、不意に大きく背中を叩かれた。
そしてその店長はというと、表情を輝かせて豪快に笑う。
「はっはっは!旨いものたんと持って帰ってやりな、旦那」
「‥‥え、いや、あの‥‥」
「他に用事が有るんだったら、後でまた寄りな。折に詰めててやるよ」
「ありがとうござ‥‥」
礼を述べようとしたところに、店長は声を潜めながら顔を寄せる。
「‥ほら、新婚生活には、色々要るんだろ?」
「?!!」
ーー何も口に入れていないのに、咽せそうになった。
咳込みそうになる口を押えながら、相変わらず軽快に笑っている店長を横目で見遣る。
「ーー店長、あんまりいじめちゃ駄目だよ。ほら、どうぞ」
店長の後ろ手からひょっこりと顔を現したネッティさんが、グラスに注いだ水を持ってきてくれた。
一度お辞儀をし、冷たい水を口に運んだ。
店内の人々がそれぞれ歓談しているところを見ると、仕事は今とりあえずはひと段落着いたらしい。
ネッティさんもトレイを胸元に抱えながら、店長の横に居並んでいる。
「ーーそれにしてもさあ。何か、幸せそうで良かったよね。前にセッちゃんが此処へ来たときはさあ‥‥」
笑みを浮かべながらも、どこか想いふけるような表情でネッティさんが語り出す。
すると店長がその後を継いで、当時の話をしてくれた。
沈んだような表情で一人で此処へ来て、そして食事をしながら店長と少し話をして‥‥その後少し晴れたような雰囲気で此処を後にしたのだと。
ーー丁度、私が居なかった時だ。
一人で悩んでいた姿に、二人は、私と彼女が喧嘩でもしたのかとさえ一瞬思ったらしい。
あれは、全て私の勝手が招いた事だった。
だから彼女を、あの日一人にしてしまったのだ‥‥。
グラスを握る手に、力が籠る。
‥‥と、眉間のあたりをぴんと指で弾かれた。
知らずと俯いてしまっていた顔を上げると、二人の柔らかな笑顔があった。
「ーーま、色々あったんだろうけどさ。仲良くやってんなら良かったよ」
「‥‥うんうん。今度また、一緒に来てくれるんでしょ?あたしにも色々聞かせてよね」
二人の笑顔に引かれて、私も頬が緩む。
「ーーはい、きっと」

返事と共に頷くと、二人は更に明るい表情を見せてくれた。
水をぐいっと飲み干し、グラスを置きながら立ち上がる。
「——御馳走様でした。‥‥後でまた来ます」
軽く頭を下げた私のその頭頂に、ふわりと大きな手が乗った。
「‥‥まあ、ぼちぼち頑張んな」
くしゃりと髪を撫でられ、胸の内がじわりと暖かくなった。
ネッティさんはまた呼ばれたのか店の奥へ、店長もその後に続いてゆく。
二人の背に向かって小さくお辞儀をし、私も背を翻して店の出口へと向かう。
振り向きざま、店長の手が、”またな”と一度上がった気がした。

ーーやはり此処は、いつでも暖かい。
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