表記について

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4

彼の姿をたまに目に入れながら、村の中の土をゆっくり踏みしめて歩く。
そのうちちらとでも目が合うと、微笑みかけて来るその柔らかな表情に。
びくりと反応しながら、慌てて目を逸らしてしまう‥‥。
決して、決してぴったり並んで歩くのが、嫌な訳じゃないけれど。
何だろう‥‥分からない。
隣に居るのが、一緒に居るのが、恥ずかしい‥?
そう考えると、何だか自分が恥ずかしくて。
……少し距離を開けた歩幅に、気持ちを甘えさせている。

そう言えば初めは私達は、話もしなかったし、寄り添って歩く事も無かった。
こうやって、一歩離れた後ろを彼が黙って付いて来てくれていた。
今思えば、この”距離感”が…とても久しぶりで。
いつから、だろうーー自然とその距離が無くなっていったのは。
共に隣に居るのが、とても自然で。
そして、そうしていて欲しい気持ちもあって。
手を、伸ばさなくてもーー自然と触れる距離に。
考えながら、振り返り手を伸ばしてみる。

いつの間にか、ーー彼ーーアツシすんの後ろには海と空しか見えていなくて。
考え事をしていた間に、丘の上までずっと歩いて来ていたらしい。
緑の草が生え、風がそれらを揺らす上に立つ彼は、とても優しく微笑んでいて。
「‥セツナ」
ーー伸ばした手を、ふわりと握られ‥‥隣へと軽く引き寄せられて。
「‥‥あ‥‥」
覗き込むように微笑う表情に、戸惑い目を逸らそうと思いながらも見入ってしまう。
そうするうちに、更に口角が上がった彼の笑顔に、照れてやや俯いてしまいながら‥私の頬も綻んでしまうのが分かる。
と、彼の手が優しく回されて、横並びに肩を抱かれながら立つ。
風がはためかせる彼のマントが、私の背中にもかかって包む。
ここも寒い訳ではないけれど‥‥とても、暖かい。
私達の目線の先、向かうところはどこまでも拡がる海。
陽を受けて輝く水平線、そしてその端に霞む地平は、私達の立っている場所へと続いていて。
「‥‥思えば‥」
彼が、隣に並んで前を見据えたままで、ゆっくりと口を開いた。
「様々な場所を‥‥巡ったものですね」
ーーそう。
彼と出会った宿営地、そして領都の大きな街、北の丘陵地帯、そこからまた打って変わって南に拡がる平原にある砦‥‥。
その後は、またこの近くの遺跡、そして‥‥あの、未知の混沌の島。
あっという間だった気もするけれど、今思えばここまででもかなりの冒険を重ねてきている。
「‥‥はい」
しみじみと実感を込めて、私も前を向いたままで頷いた。
今、私の見ている風景は、至って美しく長閑なものだけれど‥‥脳裏には様々な風景が蘇る。
美しい光景が拡がる場所もあれば、昏い、怖い、気の抜けない、そんな場所も多かった。
その中で、ずっと挫けず諦めず、頑張ってこれたのは‥‥。

「——ありがとう‥‥」
これも、自然と出て来た言葉。
いつも変わらず居てくれるアツシさん、そして‥‥。
ーーイージスさん、ルインさん、ルゥさん、ハゥルさんーー代わる代わる、でも皆共に強く暖かく支えてくれた仲間達。
それに、日々の生活の中で関わったり、擦れ違ったり‥‥様々な形で支えてくれる人達。
そんな皆と過ごした時の映像も、次々と蘇ってくる。
「‥‥いえ」
彼が、私の肩に回していた腕を離し、今度は正面から向き直った。
向かい合う表情からの眼差しは、柔らかくも真剣で。
「あなたがあなたである限り‥‥。皆、何処までも共に往きます。セツナ様」

ーーリン、ゴン。リン、ゴン。
彼が軽くお辞儀をしたその時、丁度側に在る教会の鐘が鳴った。
「‥‥あ、あの‥‥」
改まってそんな事を言われると、とても照れ臭くて。
どうしていいか分からず居ると、彼が再び微笑った。
「——ここは‥‥教会は、誓いを立てる場所だとも聞きました。ですから‥‥」
くつくつと笑う彼に、余計に恥ずかしさが込み上げる。
「‥‥や‥‥。そんな‥‥、こと‥‥」
慌てて体ごと、顔を背けた私の背を。
「セツナ」
囁きと共に、今度はふわりと緩く抱きしめられて。
「ーー可愛い」
「‥‥!」
耳元で、そんな言葉を溢すものだから。
顔から火が出そうな程に熱くなるやら、どうしていいのか妙に冷や冷やとするやらで、一人で困ってしまう。
言葉も返せず居るそのうちに、また彼のふっと笑う吐息が髪を僅かに揺らす。
「ーーすみません。けれど‥‥」
声音が真剣なものに変わり、肩に回された両腕に少し力が籠められる。
「今言った事は、本当です。——私達は‥‥いえ。私は、何時までもあなたと共に‥‥」
私の肩口に、彼の顔が埋まるのが、少しくすぐったくも、暖かい。
「共に居られる限りの、永遠の時を‥‥」
ーー出来れば、このまま‥‥時が動かないで欲しい。
彼に強く回された腕に、そして包まれる暖かさに、甘えたいと願う私の心は。
そうしている間にも更に空高く昇りつつある太陽に、そしてその陽を受けて輝きを増す海に。
ただ目が刺激されたのか、それとも、この僅かにでも過行く時間にすら、名残を感じてしまうのか。
「‥‥はい‥‥」
じわりと瞼に温もりが増し、水平が滲み始める。
‥‥どうしよう。
口から何か言葉を出そうとしても、うまく声にならない。
何も、嫌だとか、辛いとか、苦しい気持ちを抱いている訳じゃない。
それでも、どうしてこんなに‥‥胸が詰まるのか。

ーー今の私には、分からない。
‥‥でも‥‥。
今はただ、このままで居たい。
彼の腕にそっと、自分の手を添え重ねてーー言葉には出さずに願う。
ただ黙って包んでくれるその温もりに、せめて今感じられる安らぎに‥‥身を委ねながら。

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