表記について

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3

険しい峠の道を、何度か通り慣れてきたとはいえ、一応周りを警戒しながら歩き進む。
目に見えて襲い来る魔物だけでなく、自然と切り立った地形が生む脅威は他にもある。
暗くなってくると灯りも無いために見通しが悪くなるし、風化してくる岩からの落石もある。
目の前にだけ気を付けていてはいけない要素が、此処には多い。
身軽で動きの軽快なルゥさんや、逞しいアツシさんが一緒に居てはくれるけれど‥‥。
だからと云って、やはり私自身も最低限身の回りに気を付けなければいけない。
どこまでも、急な坂道や、先の見通し辛い岩肌が並び立つ状況で、半ば息をひそめるように歩いてしまう。

途中、やはり襲い来るハーピーなどの魔物たちを追い払いながら、最期の下り道を降り始めると‥‥少しほっとする。
峠の終わりには麓を流れる川の上を渡る橋が架かり、そのすぐ先には関所とされている兵士の営地がある。
お世話になった恩もあり、毎度会釈を交わして通るようにしている。
兵士の方も、やあ、などと短く声を掛けてくれるので、気持ちが少し和む瞬間でもある。
‥‥先日もカサディスからの行き道でこの峠を通ったはずなのに、その度に緊張したりホッとしたり。
今まで沢山旅をして慣れてきたつもりだけれど、まだまだなんだなとふと思う。

以前は、ルゥさん達と‥‥この下の川を沿って遺跡へと踏み入っていったけれど。
今日は川をすっかり超えて、木々の生い茂る海道の方へと進む。
たまに岩壁の間の隙間風が突風になる峠とは違い、此方は穏やかな海風が吹く。
こういう、景色や機構の移り変わりなんかも、歩いて旅をする楽しみと云えるだろうか。
そんなことを考えながら進むうち、路は二手に分かれて来る。
一つは、バーン隊長質のいる宿営地やカサディスの村へ向かう道、そして‥‥。
「‥‥ほら、あっちよ」
ルゥさんが、分かれ道を上から見渡せる位置から、一つの道を指さした。
今下り道になっている此処を下って、そしてもう一度登る道。
「‥‥はい」
まだ通った事のない其方の道の先には、一体何があるんだろう。
またじわりと緊張を覚えながら、やや急ぎ足で今居る坂道を下ってゆく。
そして下りきるのもそこそこに、その横に伸びている登り坂へと歩を移す。
そのまま、しばらく登っていけるかに見えたその道で‥‥。
「‥‥ん?!」
「わ、ちょっと!」
アツシさんとルゥさんの鋭い声が挙がった。
「‥‥え?あっ」
ぐいと手を引かれながら、皆で道の脇の木陰の方へと身を隠す。
「なに‥‥」
皆まで聞かなくても、直ぐに彼らの行動の意味が分かった。
上の方から低い音を立てて、そしてやがて目の前を大きな音を立てて、大きな岩の塊が転がっていったのだ。
坂道の上は逆光になっていて、見通しにくい。
自然のものなのか、はたまた誰かの仕掛けた罠なのか‥‥。
その答えは、近付くにつれ浮かび上がってくる。

「‥‥ちょっとお‥‥、危ないじゃないのよ!」
ルゥさんが先駆けて、素早く取り出した小弓で矢を射る。
ーーヒュッ、と風を切った矢は、先に有った一つの影に当たり‥‥その姿が沈んだ。
その後ろから、更に幾らかの影が騒がしく集まって来る。
‥‥盗賊‥‥?
そういえば、見通しの悪い山道にはつきものとも云えるほどだ。
すっかり、そういう旅をしていなかったからか‥‥ほぼ忘れていたといっても過言ではない。
「大丈夫、下がって」
アツシさんが、背中から剣を抜きながら微笑う。
何処か不敵に、けれど優しく。
「まあ、準備運動ってとこかしらね」
ルゥさんも、弓を一対の短剣に持ち替えてにっこり微笑う。
以前、遺跡への旅をした時と違って、私も戦えるのだけれど‥‥。
「はい」
ふたりの頼もしさに、そして安心感に、つい頷いてしまう。
ーー案の定、私は何をする間もなく、盗賊との戦いは終わってしまったのだけれど。

「さあさ、こんなとこでゆっくりしてられないわね。‥日が暮れる前に行かないと」
「‥‥ええ」
ルゥさんの言う通り、何時までも陽が高く昇っていてくれるわけではない。
行き先は、森だと言っていた。
となると、あまり暗くなると峠道以上に歩きにくくなるのでないか‥‥何と無くそう感じる。
登って来た道の先、今度は下り坂になっている道を、また少し急ぎ気味に歩く。

と、またその先は二つに分かれており‥‥。
一つは、右の方に平原と砦のようなものが見える道。
そして、もう一つ。
「‥‥あった、こっちよ」
ルゥさんが指し示した先は、うっすらと霧の出ている細道。
「‥‥はい」
答えを返しながら頷き、霧の漂う中へと足を踏み入れていきながら‥‥。
何と無く不気味な感じがして、自然と二人に寄り添いながら歩く。
「此処って、いつもこうなのよ。‥‥侵入者から守るためなのかしらね」
‥‥守る‥‥何を?
森を‥‥?それとも‥‥。

先がよく見えない暗い雰囲気ながらも、足元には綺麗な花が咲いていたり、ウサギがいたりする。
時折、カラスが羽ばたく音にびくりとしながら、高い木々や茂る草むらに覆われた細い道を右へ左へと進んでゆく。
そういえばルゥさんは、此処を知っていると言っていた。
だからだろうか、あまり道に迷うことなく真っ直ぐ前を向いて進んでゆく。
森が、そして霧が深くなってゆくにつれ、辺りも暗くなってきた‥‥。
いよいよ、陽が傾き始めたのだろうか。
周りを木や霧に覆われ、森の外の様子はすっかり分からなくなってきた。

二人の後ろを歩きながら、なんとなくアツシさんの腕にそっと触れるようにつかまり歩く。
気付いた彼が、ふっと小さく笑い、手を繋いでくれた。
初めて訪れる場で、この状況はやなり‥‥少し怖い。
ーーと、その時。
ガサガサガサ‥‥!
前方の茂みから、大きな音が立った。
「——?!」
思わず彼の腕にしがみ付いてしまいながら、息を呑んだ。
「今度は何?」
ルゥさんが鋭い声と共に短剣を抜いた。
「セツナ‥‥下がって」
アツシさんの言葉に、頷きながら‥‥ついしがみ付いてしまっていた腕をほどく。
それと共に剣を抜いた彼が、剣を前方に構えながらルゥさんの更に一歩前へと踏み出した。
‥‥ガサガサッ!
「‥‥?」
あと一歩手前の辺りで、彼は剣を構えたまま息を殺している。
何かが急に跳びかかってもいいようにだろうか、少し姿勢が低い。
その後ろで、ルゥさんも胸の辺りで短剣を交差させて構えて待つ。
ーーガサッッ!!
「——む、なに‥‥?!」
「‥‥っ!——て、えっ?」
「‥‥え‥‥?」

そこから出て来たものは‥‥。
一瞬、私達は何を見ているのか‥‥ある意味拍子抜けた感じのするその姿に、驚きで声を失った。
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