表記について

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2

イオリの唇が離れ、目を開け見つめ合う。
彼の柔らかな微笑みを湛える表情に、姫も静かに同じ笑みを返しながらーー。
先の違和感は杞憂だったのかと、心の中で胸を撫で下ろした。
「ーー立てますか」
「…ええ……ありがとう」
イオリが立ち上がるのに合わせて、姫も彼の介助を受けながら寄り添い立つ。
それぞれ衣服を整え、そしてまた鎧を着込んで。
「…戻りましょう、城へ」
頷き合い、改めて手を取り合い扉へ向かう。
二人は小屋の外、またいつもの現実の場に戻るために足を揃え踏み出る。

「…まあ…」

「すっかり…上がりましたね」
雨の上がった後の森林の風景は、薄く靄のかかる中に木々に伝う水滴が木漏れ日を受け煌き。
朝見た時の光景とは、また違う美しさを醸していた。
「イオリ様、なんて綺麗なんでしょう…!」
「ええ…」
「お外の世界は、本当に不思議ですわ…」
その中で、もう少しだけ残された二人の時間を楽しむようにーー姫はイオリの腕に寄り掛かりながら景色を見回し歩く。
イオリもまた、美しい景色の中更に輝いて見える姫の横顔を、たまに見遣り焼き付けながら、ゆっくり歩調を合わせ歩くのだった。

ーーそのうち、行く手に城がぼんやり見え始める。
空を覆っていた雲がすっかり晴れ、黄昏に染まる二人の表情は……それぞれの思惑をうっすら浮かべ始めていた。
「もう少し…ですね」
「はい…」
姫がぎゅっと袖を握り、イオリの手がそれに重なる。

短い間、例え成行きとはいえーー。
ただ想いを通わせる男女としての、短くも幸せな刻を過ごした二人はーー。
そうしてまた強制的に、"姫"と"護り手"に戻ってゆくのを感じながら。
互いに一歩を惜しむように、ゆっくり歩く。
「アヤ様…」
城を見据えたまま、イオリが呟くように呼ぶ。
イオリに向かい顔を上げた姫が、返事をしようとしたのだけれど。
ーーあっという間。
息が詰まる程に固く強く抱き締められ、ただ言葉の替わりに彼の背中へと腕を回す。
「ーーまた、きっと…」
少しの間、そのままで。
抱き合う二人を、雨上がりの冷えた風が撫で過ぎていった。
イオリの腕に籠る力を、温かさを…心地良く感じながらも。
胸が詰まり喉から言葉が出ない姫の、髪へ顔を埋めーーイオリが何か囁いた気がした。


辺りに拡がる緑が、照らす夕陽で茜に染まり。
二人を囲む景色そのものが、情熱的な演出を今此の時の為に施しているようにも見えた。

心と重ね合った二人の、確かな幸せの記憶はーーそれぞれの魂の内にいつまでも暖かな光となり灯り続ける。
熱く運命的に燃え上がった恋がーーたとえ無情にも終わる事が、運命として既に決められていたとしても。

此処は、世界を取り巻く広い海に浮かぶ小さな島国。
陽の光照りつける浜を、そして陽の沈み行く沖を、遙かに越えた空のもとにーー。
一点に集まるように厚い雲が掛かり始めているのを、未だ誰も知らない。

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