表記について

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4

オーガの険しい視線が、剣士二人との乱戦の中、一度此方へも向けられた。
初見の頃に植え付けられた記憶から、どうしても苦手意識が働いてしまい‥‥。
「‥‥!」
その瞬間、身の毛がよだつ寒気が背筋を走る。
私が思わず息を呑む気配に気付いたのか、ルインさんの視線がちらと此方へ流れた。
そしてそっと、魔法を保ったまま身を寄せて来る。
もしもの時に備えているのだろうか?
オーガは女性を好んで狙い、跳びかかり喰らおうとする。
ーー実際に私も以前、あわや連れ去られかけた事がある。
向こうの注意が此方へ向いたなら、私かルインさんが狙われる場合も有り得る。
「‥‥気を付けて下さい、目を離さないで」
ルインさんが囁くように声を掛けて来る。
その言葉に黙って頷き、決して目を逸らさぬよう、唸るオーガに視線を向け続ける。
あまり視線を合わせていたくはないけれど、なるべく注意深く相手の出方を伺う。
‥‥と、オーガが姿勢を一瞬低くして身構えたーー来る?!
いざという場合は、魔法を中断して退避しなければならない。
杖を握る手に更にぐっと力を籠め、足を一歩引いた。
ーーけれど。
オーガは一向に此方へ移動して来ない。
それならそれで、良かったような気もするけれど‥‥?
ただ一つ、その動きから僅かに気付き始めた事がある。
姿勢を低くしたのは、更に遠くへ腕を伸ばす為だったらしい。
オーガの動きが段々と速さを増し、何かを捕まえようと躍起になっているようにも見える。
その先に居るのは、相対する二人の剣士のうち‥‥。
「——まさか、あのオーガは‥‥」
流石、ルインさんも気付いたらしい。

イージスさんの閃く剣を受け流し、アツシさんの薙ぐ剣を払い除け、そして。
払った腕をもう一度戻し、ぐっと剣を握り込んだ。
「‥‥?!」
オーガの太い腕に捉えられた剣はびくとも動かず、何とか剣を引こうとするアツシさんの額に汗が浮き始める。
動きを封じたそこへ、もう片方の腕が迫り‥‥。
「——アツシさん、逃げて!」
「‥‥?」
咄嗟に叫んだ私の方へ、彼の顔が向けられた。
「そのオーガは男性を‥貴方を狙っていますわ!」
「‥な‥?!」
私に続くルインさんの声に、彼が目を見開いた。
そして彼がもう一度オーガに視線を戻した時、その身は相手の手中に収められていた。
「——くっ‥!!」
「アツシさん!」
思わず杖から手を放してしまい、魔法が途切れた。
「セツナ様‥‥!——しっかり!」
まだ魔法を保ったままのルインさんの檄が飛ぶも、やはりこの状況には戸惑ってしまう。
彼が魔物の手に握られている状況はーーこの場合もやはり、苦い記憶が蘇ってしまう。
彼女もイージスさんも、まだ魔法の光に包まれているものの、私達が抜けた分魔法は薄れているのかもしれない。
イージスさんが絶え間なく切りつけるも、やはりオーガはびくともしない。

ーーどうしたらいいのか‥‥どうなってしまうのか。
様々な感情が交錯し、思考が働かなくなりそうになるその時。
未だオーガの手中の彼が、此方を振り返った。
そして、その表情は‥‥。

目に入った彼の様子から、私も杖を改めて握り直した。
ルインさんも同じく、小さく頷く。
それを丁度目にしたイージスさんも、納得した様子でルインさんに向かい頷き掛けた。
「さあ、もう一度‥‥セツナ様!」
ルインさんの杖が高く翳された。
私も彼女の様子を横目に入れながら、後に続く。
今度は、先程よりもっと強く‥‥!
”祈り”の力も混ぜて臨めば、もう少し威力が増幅するかも知れない。
はっきりとは言えないけれど‥‥少しでも強い力でと願えば、それはきっと。

ただ、無暗に強い力を望むのではなく、皆の想いと共に。
励ましてくれるルインさん、一時も休まず気を張ってくれているイージスさん、そして。
アツシさんは、先程ーーにやりと嗤う様に強い表情を見せていた。
あまり堅実と云える方法ではないけれど、咄嗟にそうしてくれたのなら、無駄には出来ない‥!

魔法の詠唱はしない。
ただ目を閉じ、集中を更に高めて祈る。
どうかーー力を!

改めて目を見開き、大きく水平に腕を伸ばす。
再び、空間に眩い光が爆ぜた。
今度はオーガの手中のアツシさんも、そしてその足元で剣を振るうイージスさんも、皆一様に光に包まれた。
「——来たか!」
短い掛け声と共にイージスさんが飛び上がるのと、アツシさんが飛び降りるのは同時だったかもしれない。
そしてイージスさんが駆け上がる様に素早くオーガの背に登り、剣を大きく振りかぶり首に突き立てる。
アツシさんは一度膝をついて体勢を立て直した後、膝下あたりを薙ぐ。
堪らず呻きながら倒れ込んだオーガは、剣士の身を纏う紫の光に包まれ、身の半分を水路の水に沈めーーもはや為す術も無く切り刻まれてゆく。
私達もその激しい攻めに転じた光景を、目を逸らさず見続けながら魔法を維持する。
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やがて、オーガが一際高く上げた腕が、力無く水路に沈んだ。
イージスさんが一度ぶんと剣を振り、微かな金属音を立てて腰に納めた。
アツシさんも大きく息を吐き、背中に剣をーーと、したところへ。

「‥‥‥!」
言葉にならない声と共に、衝動的にその背中に飛びついてしまっていた。
「セツナ‥?」
片手で剣を握ったまま振り返った彼の、もう片方の手が肩に添えられた。
そしてそのまま私の顔を覗き込み、少し苦みを含んだような顔で微笑う。
「大丈夫‥‥。私は‥‥、大丈夫ですから」
「——うん‥」
本当に心配して、戸惑った分、うまく言葉が出ない。
俯き、短い返事を口に出す事しか出来ない。
「——しかし、アツシ殿。随分無茶をされるものだな」
私の言いたかった事を代弁してくれるように、横からイージスさんの溜息交じりの声が掛けられた。
「‥‥すみません、ただ‥」
アツシさんの顔が上がり、彼女の方へと向けられた。
「私が狙われるなら、それはそれで好都合ーーと思ったもので」

彼の言葉に対し口を開こうとした私を、彼の腕が胸元へと引き寄せた。
「ーーセツナが狙われるよりは、よっぽど良い」
またも言葉を失ってしまい、密かに胸の内だけで呟く。
ーーずるい。
そしてイージスさんとルインさんが小さく息を吐くのを聞きながら、きっと顔を見合わせているのだろうと想像する。
”やれやれ‥”
そう思われているのではないかと、少し恥ずかしく感じながら。
でも、元々彼の懐に飛び込んだのはーーそう云えば私だった。
彼と居る事が何より本当に嬉しいのは、きっと私も同じだ。
以前と変わったのは、彼だけでは無いのかも‥‥改めてそう思う。

顔を浮かせて、イージスさんとルインさんを振り向くと。
彼女達は、いつに無く柔らかく微笑んでくれた。
「‥‥すみません、行きましょうか」
声を掛けると、黙ってしっかりと頷いてくれた。

今の一戦でも、そうだけれど。
常にアクシデントはありながら、こうして変わらず顔を合わせていられる事ーー。
皆無事で良かった、本当に。
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