表記について
・R指定表現のあるページには、(※R) を付けています。苦手な方は読み飛ばし下さいませ。
・最新の更新ページには、★をつけておきます。そして、画像を新に貼ったページには、☆をつけておきます。
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教会からの坂を、今度は二人並んで下りながら。
未だ陽の高い時間、この後さてどうしようかと、考えつつ歩いていると‥‥。
「——あら?」
吹き降りて来る追い風に乗って、またひとつ、懐かしい声を聴いた気がした。
「‥‥?」
声の主を頭の中で探りながら、ゆっくり振り返ってみる。
直接の、背後からじゃない。
すぐ目の横に並ぶ、建物からでもない。
「あ~、やっぱり!久しぶりじゃなぁい?」
明るい声と共に人影が現れたのは、建物の合間の路地からだった。
長い髪を持つ顔を、ひょっこり覗かせてきたのは‥‥。
「‥‥イネスさん‥‥」
「ふふ!セッちゃん、帰って来たんだね」
私よりも幾らか年上の、商店の並ぶ路地裏で飲食店を営む女性、イネスさん。
彼女も、ベニータさんと同じく、顔を合わせば屈託なく明るく話しかけてくれる。
「‥‥はい、さっきから、少し村の中を‥」
言いかけて、ふと自分でも気づかない間にアツシさんの方へ視線が流れていたのだろうか。
イネスさんの視線が、さらっと私の隣へと移る。
「‥‥ふぅん。お連れさんと一緒なんだね。——あ、ねえ、ちょっと寄ってかない?まだ時間、あるんでしょ?」
音は立てずに手を合わせ、一気に流れを持ち掛けて来るあたりは、流石というところだろうか。
彼女の店はいつも賑わっていて、毎日客が絶えないという。
天性の明るさと歯切れの良さ、そして一人一人への細やかな気配りの出来る接客も、評判なのだそうだ。
私自身、あまり宴会などに出る機会がないせいもあって、はっきりと知る訳では無いのだけれど。
ただ、ずっとこの村で生活していた時には、口伝てでだけれど、簡単な料理を教わったりもしていた。
そういうところからも、誰にでも人当たりが良い人なのだという事は私にも分かっていた。
彼女の店は、陽が傾く頃からが営業時間。
今日もこの時間は、まだ手が空いている時間なのだろう。
でも‥‥。
「——あの、私達は良いんですけど‥‥忙しくないんですか?」
「え?何が?」
「いえ、夜の仕込みとか‥‥」
「‥‥ああ」
イネスさんは、ふふ、ともう一声軽く笑って、
「いいの、いいの。‥‥ほら、おいでなさいって」
私達二人の後ろへ回り込んだかと思うと、背中を押すようにお店の方へと促された。
「——さあ、どうぞ」
「あ、えと‥‥。じゃあ、おじゃまします‥‥」
細い路地の奥に埋まる様に据えられた木戸を開け、イネスさんが先に店へ入っていく。
その後を、私達もそっと中を伺う様に続いた。
「どこでも、空いてるとこ座って。そろそろお腹空いてくる頃でしょ?」
入口のあたりで、どうしたものかと立ったままでいると、彼女は今度はにっこりと笑顔で促してきた。
「‥‥はい、あの‥‥」
「——ほら、何か御馳走するから。ちょうどあたしも、そろそろ何か食べたいし。‥‥ね?」
「ありがとうございます‥‥」
調理場へといそいそと向かう彼女に一礼しながら、言われるままにアツシさんと並んで手近な席に着いた。
店の中は小ぢんまりとしているようで、まだ営業時間ではないからか、それとも、間口の狭さに反してか、意外と広く感じる。
けれど、寂しくは感じない、暖かさを感じる事が出来るのは、長椅子などで寛げる造りにしてあるからなのか、イネスさんの明るい声が店内に響くからなのか。
きっと、そのどれもがちょうどいい、居心地の良さを感じられる店なんだろうと思う。
「さっきいい魚が入ったから、そのまま切るね。ーーあと、おにぎりでいい?」
イネスさんが手元を動かしながら、声だけをこちらへ流して来る。
「‥‥はい、おまかせします。ありがとうございます」
簡単なものだけど、といった調子で、けれど手早い手つきで、彼女が色々と用意してくれているのが見える。
それが目に入るうち、どんな料理が出て来るのだろうかと楽しみになってくる。
ーーと、そんなに長くも待たないうちに、それぞれ皿に載せられた料理が運ばれてきた。
丁寧に薄造りにされた魚と、綺麗な三角に握られたおにぎり。それから‥‥。
「‥‥はい、こっちはわかめのスープね」
と、出来立ての湯気の立つ碗も一つずつ、並べてくれた。
「他所に行くと、あんまりこういう魚料理も出ないんじゃない?」
そう言いながら、私達の向かい側に腰掛け、私達の顔を交互に覗き込むように見ながら訊く。
「ーーはい、本当に‥‥久しぶりです」
確かに、領都の街では、魚料理はなかなか見る事は無かった。
此処のように、漁村、などでもないと、ましてや新鮮な切り身などは口に出来ないものなのだと、村を発って初めて知った。
だから、こうして目の前に久しぶりに魚料理が並ぶと、懐かしく嬉しくなる‥‥。
「せっかく此処に帰って来たんだからさ、ちゃんと此処での美味しいもの食べないと。——ね?」
そう言って片目をつぶって見せるイネスさんに、私もつられて笑顔になる。
「はい‥‥、ありがとうございます」
「ううん、遠慮しないで。どうぞ?」
「‥‥はい、いただきます‥‥」
軽く促されながら、料理に手を付けようとすると。
「‥‥で?そっちの彼は?」
料理に向けていた視線を上げると、イネスさんの表情は答えが分かっているかのように、綻んでいる。
その表情に、思わず静かに問い詰められているような気分になるのは、何故だろう。
「‥‥あ、あの‥‥、えっと‥‥」
「——アツシと申します。よろしくお願いします」
今度は、右手は挙げなかったものの、彼がさらっと自己紹介してくれた。
「へえ。アツシさん、ね。よろしくね。兄弟ーーじゃないよね、恋人?」
「ーーー?!」
片肘で頬杖を付き、にっこりとした表情のまま訊ねて来るその質問にーー思わず食事で喉を詰めそうになった。
「‥‥それでは‥、ありがとうございました」
「いえ、またいつでも寄ってね」
「はい、御馳走様でした」
何だかんだで‥‥積もる話の後、私達は共にお礼を言ってイネスさんの店を後にした。
あまりお店の邪魔をしてもいけないと思って、なるべく長居し過ぎないようにとは思っていたつもりだけれど。
改めて、空を見上げてみるとーー。
良かった、まだ陽は高く昇っている。
外が明るいうちに、何とかやっておきたい事があった。
ーー家の掃除、自宅を使える状態にしなければ。
自宅の隣ーーパブロスさんの宿に、泊まらせて貰ってもいいのだけれど。
やっぱり故郷に帰って来たからには、自宅でゆっくり休みたい。
ただ純粋に、そう思って。
その想いのまま、通りを自宅の方へと向かって歩いた。
途中、通りを歩く人や、ちょうど外へ出てきた人と挨拶を交わしたり。
静かな村ではあるけれど、昼間は此処なりの活気があって、皆変わりがないのだなとホッとする。
‥‥と。
自宅の扉の前まで来て、ふと気付く。
「‥‥あの‥‥」
「はい?」
ーーアツシさんは、どうするだろう‥?
「すみません、私‥‥。お掃除をしたいと、思って‥」
何となく、衝動的に自宅へ向かってしまったのが少し申し訳なくて。
つい小声になってしまう質問に、けれど彼は、ただふふっと笑う。
「——手伝いますよ」
その笑顔に、却って首を竦めてしまっていると。
ぽん、と肩に、手が置かれた。
「それでは‥‥何から、始めればいいですか?」
明るい笑顔に、つられて頬が綻んだ。
「‥‥ありがとう‥‥」
ーーさあ。
今から少し、忙しい。
留守の間に籠った空気を一気に入れ換えるように、玄関の扉を大きく開け放った。
未だ陽の高い時間、この後さてどうしようかと、考えつつ歩いていると‥‥。
「——あら?」
吹き降りて来る追い風に乗って、またひとつ、懐かしい声を聴いた気がした。
「‥‥?」
声の主を頭の中で探りながら、ゆっくり振り返ってみる。
直接の、背後からじゃない。
すぐ目の横に並ぶ、建物からでもない。
「あ~、やっぱり!久しぶりじゃなぁい?」
明るい声と共に人影が現れたのは、建物の合間の路地からだった。
長い髪を持つ顔を、ひょっこり覗かせてきたのは‥‥。
「‥‥イネスさん‥‥」
「ふふ!セッちゃん、帰って来たんだね」
私よりも幾らか年上の、商店の並ぶ路地裏で飲食店を営む女性、イネスさん。
彼女も、ベニータさんと同じく、顔を合わせば屈託なく明るく話しかけてくれる。
「‥‥はい、さっきから、少し村の中を‥」
言いかけて、ふと自分でも気づかない間にアツシさんの方へ視線が流れていたのだろうか。
イネスさんの視線が、さらっと私の隣へと移る。
「‥‥ふぅん。お連れさんと一緒なんだね。——あ、ねえ、ちょっと寄ってかない?まだ時間、あるんでしょ?」
音は立てずに手を合わせ、一気に流れを持ち掛けて来るあたりは、流石というところだろうか。
彼女の店はいつも賑わっていて、毎日客が絶えないという。
天性の明るさと歯切れの良さ、そして一人一人への細やかな気配りの出来る接客も、評判なのだそうだ。
私自身、あまり宴会などに出る機会がないせいもあって、はっきりと知る訳では無いのだけれど。
ただ、ずっとこの村で生活していた時には、口伝てでだけれど、簡単な料理を教わったりもしていた。
そういうところからも、誰にでも人当たりが良い人なのだという事は私にも分かっていた。
彼女の店は、陽が傾く頃からが営業時間。
今日もこの時間は、まだ手が空いている時間なのだろう。
でも‥‥。
「——あの、私達は良いんですけど‥‥忙しくないんですか?」
「え?何が?」
「いえ、夜の仕込みとか‥‥」
「‥‥ああ」
イネスさんは、ふふ、ともう一声軽く笑って、
「いいの、いいの。‥‥ほら、おいでなさいって」
私達二人の後ろへ回り込んだかと思うと、背中を押すようにお店の方へと促された。
「——さあ、どうぞ」
「あ、えと‥‥。じゃあ、おじゃまします‥‥」
細い路地の奥に埋まる様に据えられた木戸を開け、イネスさんが先に店へ入っていく。
その後を、私達もそっと中を伺う様に続いた。
「どこでも、空いてるとこ座って。そろそろお腹空いてくる頃でしょ?」
入口のあたりで、どうしたものかと立ったままでいると、彼女は今度はにっこりと笑顔で促してきた。
「‥‥はい、あの‥‥」
「——ほら、何か御馳走するから。ちょうどあたしも、そろそろ何か食べたいし。‥‥ね?」
「ありがとうございます‥‥」
調理場へといそいそと向かう彼女に一礼しながら、言われるままにアツシさんと並んで手近な席に着いた。
店の中は小ぢんまりとしているようで、まだ営業時間ではないからか、それとも、間口の狭さに反してか、意外と広く感じる。
けれど、寂しくは感じない、暖かさを感じる事が出来るのは、長椅子などで寛げる造りにしてあるからなのか、イネスさんの明るい声が店内に響くからなのか。
きっと、そのどれもがちょうどいい、居心地の良さを感じられる店なんだろうと思う。
「さっきいい魚が入ったから、そのまま切るね。ーーあと、おにぎりでいい?」
イネスさんが手元を動かしながら、声だけをこちらへ流して来る。
「‥‥はい、おまかせします。ありがとうございます」
簡単なものだけど、といった調子で、けれど手早い手つきで、彼女が色々と用意してくれているのが見える。
それが目に入るうち、どんな料理が出て来るのだろうかと楽しみになってくる。
ーーと、そんなに長くも待たないうちに、それぞれ皿に載せられた料理が運ばれてきた。
丁寧に薄造りにされた魚と、綺麗な三角に握られたおにぎり。それから‥‥。
「‥‥はい、こっちはわかめのスープね」
と、出来立ての湯気の立つ碗も一つずつ、並べてくれた。
「他所に行くと、あんまりこういう魚料理も出ないんじゃない?」
そう言いながら、私達の向かい側に腰掛け、私達の顔を交互に覗き込むように見ながら訊く。
「ーーはい、本当に‥‥久しぶりです」
確かに、領都の街では、魚料理はなかなか見る事は無かった。
此処のように、漁村、などでもないと、ましてや新鮮な切り身などは口に出来ないものなのだと、村を発って初めて知った。
だから、こうして目の前に久しぶりに魚料理が並ぶと、懐かしく嬉しくなる‥‥。
「せっかく此処に帰って来たんだからさ、ちゃんと此処での美味しいもの食べないと。——ね?」
そう言って片目をつぶって見せるイネスさんに、私もつられて笑顔になる。
「はい‥‥、ありがとうございます」
「ううん、遠慮しないで。どうぞ?」
「‥‥はい、いただきます‥‥」
軽く促されながら、料理に手を付けようとすると。
「‥‥で?そっちの彼は?」
料理に向けていた視線を上げると、イネスさんの表情は答えが分かっているかのように、綻んでいる。
その表情に、思わず静かに問い詰められているような気分になるのは、何故だろう。
「‥‥あ、あの‥‥、えっと‥‥」
「——アツシと申します。よろしくお願いします」
今度は、右手は挙げなかったものの、彼がさらっと自己紹介してくれた。
「へえ。アツシさん、ね。よろしくね。兄弟ーーじゃないよね、恋人?」
「ーーー?!」
片肘で頬杖を付き、にっこりとした表情のまま訊ねて来るその質問にーー思わず食事で喉を詰めそうになった。
「‥‥それでは‥、ありがとうございました」
「いえ、またいつでも寄ってね」
「はい、御馳走様でした」
何だかんだで‥‥積もる話の後、私達は共にお礼を言ってイネスさんの店を後にした。
あまりお店の邪魔をしてもいけないと思って、なるべく長居し過ぎないようにとは思っていたつもりだけれど。
改めて、空を見上げてみるとーー。
良かった、まだ陽は高く昇っている。
外が明るいうちに、何とかやっておきたい事があった。
ーー家の掃除、自宅を使える状態にしなければ。
自宅の隣ーーパブロスさんの宿に、泊まらせて貰ってもいいのだけれど。
やっぱり故郷に帰って来たからには、自宅でゆっくり休みたい。
ただ純粋に、そう思って。
その想いのまま、通りを自宅の方へと向かって歩いた。
途中、通りを歩く人や、ちょうど外へ出てきた人と挨拶を交わしたり。
静かな村ではあるけれど、昼間は此処なりの活気があって、皆変わりがないのだなとホッとする。
‥‥と。
自宅の扉の前まで来て、ふと気付く。
「‥‥あの‥‥」
「はい?」
ーーアツシさんは、どうするだろう‥?
「すみません、私‥‥。お掃除をしたいと、思って‥」
何となく、衝動的に自宅へ向かってしまったのが少し申し訳なくて。
つい小声になってしまう質問に、けれど彼は、ただふふっと笑う。
「——手伝いますよ」
その笑顔に、却って首を竦めてしまっていると。
ぽん、と肩に、手が置かれた。
「それでは‥‥何から、始めればいいですか?」
明るい笑顔に、つられて頬が綻んだ。
「‥‥ありがとう‥‥」
ーーさあ。
今から少し、忙しい。
留守の間に籠った空気を一気に入れ換えるように、玄関の扉を大きく開け放った。
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