表記について

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13

――※今回アツシ視点、最終です。——

手に大きな包みを下げ、しっかりと目的地を見定めてリムの碑石のあるポーンギルドへと歩み入る。
陽が沈むにつれ、ポーンギルドの中にも煌々と明りが灯り、また違う明るさを醸している。
その中、リムの傍に変わらず佇む人影。
「ご用はお済みですか?」
目が合えば、覚者であろうとなかろうと丁寧に挨拶をしてくれる。
管理者で、エバーフォールを含むギルド全体の看視人でもあるバーナビーだ。
ずっと役目に付き続けている彼とは、付き合いも長い。
昼間此処へ着いたときは、頭がいっぱいで顔すら見なかったのだが。
ちゃんと私が此処へ来たことは、見ていてくれたらしい。
片手の荷物ーー酒場のアースミス店長が持たせてくれた折詰を掲げ、答えた。
「ええ‥‥そろそろ帰ります」
「‥‥ああ、少しお待ちを」
一礼して通り過ぎ、リムへと踏み込もうとした時、相変わらず急がぬ口調で声が掛かった。
そちらを振り返ると、彼が懐から一通の手紙のようなものを取り出したところだった。
「此方を預かっております」
差し出されたそれは、やはり手紙だった。
そして、差出人は‥‥一目で判る文体で、”セッちゃんとアツシさんへ♪!”と書かれていた。
こういう話し方、書き方をするのは…あのひとしかいない。
「‥‥、ありがとうございます」
またも小さく笑ってしまいそうになりながら、それを悟られないよう口の辺りに手を遣りながら受け取り、懐に納めた。
これは今読むのも、良いのかも知れないが。
「帰って読みます。もし後から来られたら、ありがとうとお伝えを」
「承知しました」
もう一度右手を挙げ、恭しく礼を返してくれたのを挨拶代わりに。
私も軽く会釈を返し、今度こそリムへと入った。
先程から‥‥いや、もっと前から、気持ちが逸っている。
暗いリムの空間の中を、荷物を抱え急ぎ足で通り過ぎる者など他には‥‥。
ーーいや、そう云えば居たかも知れないな。
同じように、愛する者を‥‥待ち人を持つ者を、そう云えば知っている。
いつかまた一緒に旅をする事もあるだろうか。
今もまた、リムの中で迷ってなければいいがな‥‥などと、またも一人で笑ってしまいそうになる。
たまに振り返る同士が居るのは、やはり私が変わった者に見えるのだろう。
軽く咳払いを一つ、居住まいを正してもう一度真っ直ぐ前を見て歩く。
此処を抜ければ‥‥。

出口と思わしき場所に、うっすらと光が見える。
そして、微かなさざ波の音‥‥。
大きく足を踏み出せば、砂交じりの地表を靴底が踏み、じゃりっと小さな音が鳴る。
そして時に吹き抜ける、心地よい潮風。
ーー帰って来た、カサディスだ。
出掛けていたのは少しの間と云えばそうなのだが、帰って来て初めて長く感じた。
動き回っている間は、あっという間にも感じたものだが。

空が暗くなると、この村の中はいつも通り人気が無くなる。
ぼんやりと見えた明りは、家々が並ぶ通りに念のため据えられた電灯のものだ。
領都の街のように、この時間まで営業している店はーーリムのすぐ側の宿屋を除けば全く無い。
その宿の灯りの下を通り抜け、角を曲がれば‥‥。
並んで立つ小さな建物の木戸を、幾度か軽く叩いてからそっと開けた。

「——あ‥アツシさん‥」
入ってすぐの部屋の奥、次の間へ続く仕切りの端から、ほっとしたように緩む顔が覗いた。
「セツナ、ただいま‥‥」
後ろ手に扉を閉めながら、表情を緩めて見せた。
決して作ったものではなく、自然と沸いてきた嬉しさからのものだ。
「‥‥おかえりなさい」
仕切りの布を翻らせて、ぱたぱたと駆け寄って来る彼女を見れば‥‥。
先日とはまた、服が変わっていた。
脇の大きく開いた、さらりとした生地の服を着ていたように思うのだが。
長袖の白いリンネルのシャツに、以前履いていたような膝丈の淡い草色のスカート。
あの服に比べれば地味にも見えるのだが、これもまた清楚な雰囲気で似合っている。
目の前まで歩み寄って来た彼女を、荷物を持っていない空いた片方の手でふわりと包んだ。
「待たせてしまいましたか?すみません」
「‥‥いえ、あの‥‥、大丈夫」
声を掛けてから、懐の中の彼女を見下ろせばーー上目遣いで照れたような表情が見えて、より強く抱きしめたくなる。
が、ここは持ち帰って来た用件が先だ。
気持ちを抑えて、身を離して包みを差し出し見せた。
「言っていた、お土産です。‥‥アースミスさんの店で頼んだものです」
一瞬驚いたような表情を見せたセツナは、その後すぐに表情を輝かせて両手で荷を受け取った。
「——わあ、こんなにも‥‥!ありがとう、アツシさん」
「いえ、店長の気遣いでもありますよ。今度また行きましょう」
「‥‥はい‥‥!」
大事そうに胸に抱え、微笑み頷く姿がまた‥‥可愛い。
彼女の肩へ伸ばしそうになる手を気持ちで抑え込み、懐からもう一つ。
「ーー食べながら、これも一緒にどうですか?」
手紙を掲げて見せると、彼女もそれが誰からのものか分かったのだろう。
またも驚きの表情を見せ、そして一層輝くような笑顔で頷いた。

ーーこのひとは‥‥無自覚なのだからタチが悪い。
よくこれで、今まで気持ちを抑えて来られたものだと自らを褒めてやりたい。
そして少しの間固まってしまった私を、上目で首を傾げて見上げるのは‥‥今はどうかやめて下さい。
そんな虚しい、却って邪とも取れる願いを全て、苦笑と共に誤魔化した。
相変わらず、凶悪ーーと思うのは私だけだろうがーーな、きょとんとした表情で暫く見られ続けていたが。

暖炉の傍に、並んで腰掛けて。
折詰の蓋を開ければ、懐かしさすら感じるものも入っていた。
唐揚げにされたものは‥‥蜥蜴の尾だろうか。
そして、チーズ、ハーブ入りのパンなども入れられている。
カサディスでの食事も勿論美味いのだが、此方はまた具材が全く違っている。
食事の内容についても、話が弾んだ。
セツナが領都には魚料理があまりない事に違いを感じたという話、そして店長の財布を探しに河へ弁当を持って行った事があった話。
食事と共に話が弾むのは、やはりあの店のものでもあるからだろうか。
作る人の気持ちが込められているからこそだろう。

もう一つ、領都での話があったにはあったのだが、その事は今は触れないでおいた。
わざわざ言う事でもないと云えば、そうとも云えるだろうから。
久しぶりに二人で味わう店の、美味しい食事を楽しみ、そしてあのひとから預かった手紙を読みーー。
読み終える頃には、互いに頷き合っていた。
そこには、こう書いてあった。
”予定通りの日、アースミスさんの店で、皆で待っていますーー”
その日付けというのは、イージスさんやルインさんと約束した日だ。
そこに、彼女達ーールゥさんやハゥルも来るのだろう。
勿論、私達が行かない理由も無い。
「‥‥楽しみですね、アツシさん」
まるで懐かしさから、そしてその嬉しさから目を潤ませるような表情で、うっとり手紙を胸に抱き締めーーそしてこちらをそのまま振り返られたら。
「‥‥ええ‥‥」
返事もそこそこに、彼女を抱き締め口付けてしまった私の行動も、仕方がないと自分を弁護してやりたい。
そしてそのまま、微かに甘く漏れる声に誘われるように、寝台へと雪崩れ込んでしまった事も。

そして私は、その時になって彼女が身を隠すような服を選んで着ていた理由に気付いた。
此処で過ごす間は、そうしておいて貰う方が良いかもしれないーーやや無責任にそんな事を思ってしまいながら、全身を味わうようにじっくり愛し尽くした。
少し考えなければと‥無理させないようにしなければと決めた矢先、本当に馬鹿だと思う。

ーーすまない、けれど‥‥間違いなく愛しています。
あなただけを、こんなにも‥‥。

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