表記について

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足の爪先まである丈の長いローブに、慣れなさに少し戸惑いながら。
こちらもたっぷりと幅のある袖と、裾をひらひらとつまんで揺らしてみる。
とてもふんわりとした軽い着心地の、まるで‥‥。
「‥‥あの、これって‥‥」
「——よくお似合いですわ、セツナ様」
質問を途中で打ち消すように、ルインさんが褒め言葉と共ににっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます‥‥あの‥‥」
「さあ、次は髪ですわね。‥‥ルゥさん、お願いしますわ」
「オッケ~♪——こんな感じ?」
「ふふ、良いですわね」
ーーやはり、質問は受け付けて貰えない。
優しくもしっかりと肩を掴まれ、椅子に座らされ‥‥手際よく今度は髪を整えられる。
微かに花の香りの立つ整髪料を手に塗り、ルゥさんが私の髪を片側でふわっと巻いてゆく。
髪を弄られるくすぐったさと、優しくふわりと香る匂いに、つい頬が緩む。
「——いい感じですわ。さあ、仕上げにこれを」
側のテーブルから、ルインさんが両手で掲げるように何かを軽く持ち上げた。
大事に抱えるように見せられたそれは、光を受けてきらりと眩い金色に輝いた。
そして、変わらず柔らかい微笑みを湛えた彼女によって額に据えられたそれは‥‥。
「ローレルサークレットですわ。皆からのプレゼントです」
「‥‥え‥‥」
とても軽い着け心地ながら、少しだけれどじわりと力が湧いてくるような温かさを感じる。
「——こんな良いもの、貰っていいんですか‥‥?」
「うん、いいのいいの!‥‥ていうか、完璧!いいじゃない~」
「‥‥ですわね。準備完了ですわ」
結局、何の為なのかも判らないまま、準備は整えられたようだ。
「それは私達からのお祝いです。どうか受け取ってくださいな」
「ありがとう‥‥、お祝い?」
――お礼を述べながらも、首を傾げてしまう。
それに対しても、ルインさんとルゥさんはまたもにっこりと笑っただけだった。
此処へ来て、あれよあれよという間に色々支度をされ、何も分からないまま‥‥。
「さあ、行こう♪みんな待ってるよ」
「——え?は、はい‥‥」
ルゥさんに肩を掴まれ、抱え上げられるように椅子から立ち上がる。
するとルインさんが、先に進み出て部屋の扉を開けてくれた。
「さあ、降りて下さい」
片手で扉を持ったまま、もう片手で行く先を掌で示す。
ルゥさんが手を引いてくれないと、足に纏わるような裾を踏んでしまいそうで。
恐る恐る歩きながら、扉を抜けた先の階段をゆっくりと目指す。

「——気を付けて。此方です」
そう云えばいつの間に、部屋を出ていたのか‥‥。
イージスさんが階下から、此方を見上げながら声を掛けて来た。
「セッちゃん、大丈夫?」
「‥‥は、はい‥‥」
そろそろと、一段ずつ踏み締めながら階段を下りてゆくと‥‥。

「——わあ、いいじゃない!」
ネッティさんがイージスさんの少し後ろ、厨房の中から表情を輝かせながら此方を見ていた。
‥‥と、食堂の方を振り替えって一言。
「皆さん、主役の登場ですよ」
ーー主役?
疑問を浮かべている暇もない勢いで、沢山の人達の歓声のようなものが聞こえて来た。
さっきまで、店には誰もいなかったのに‥‥?
何一つさっぱり分からないまま、厨房の脇の通路を抜けて食堂の方へ出ると。
やはり沢山の人々の姿が目に飛び込んで来た。
先ずは見慣れた人々ーー店長のアースミスさん、宿屋の主人アッサラームさん、ポーンギルドのバーナビーさん、そして‥‥。
此方もポーンの方だろうか、黒い鎧を身に着けた背の高い男性も居た。
それから、何人もの街の人々‥‥。
皆、笑顔を湛えながら拍手で迎えてくれている。
ーーこれは‥‥?
「——どうぞこちらへ」
思わず一帯を見渡しながら立ち止まっていると、店の奥の方から声が掛かった。
聞き覚えのある、落ち着いた声。
ふわりと靡く金色の髪、優しくも強い光を浮かべた青い瞳ーー何処と無く感じる面影は、ルゥさんと同じ…弟さんのハゥルさんだ。
壁を背にしてハゥルさんが立っていて、その前にアツシさんが居た。
彼も、剣やマントは身に着けておらず、いつの間にか上下揃いの服に着替えている。
「‥‥セッちゃん、みんなにお辞儀してから」
まだ呆けたままの私に、ルゥさんがこっそりと囁くように声を掛けた。
「あ、は‥はい‥‥」
ルゥさんの言う通りに倣って、そしてまた手を引かれてゆっくりと進む。

ハゥルさんとアツシさんに近付くにつれ、驚いたような顔をしていたアツシさんの表情が綻ぶ。
その柔らかい表情に何だか照れてしまい、つい俯きながら隣に並んだ。
そのタイミングで、ルゥさんの手が離れた。
肩をぽんと軽く叩かれ、おめでとう、と囁かれてふと顔を上げれば。
いつもとは少し違う、しっとりと落ち着いた表情で微笑み覗き込む彼女の温かい表情がそこにあった。
じわりと、色んなものの混じった暖かい感情が胸に込み上げて‥‥思わず瞼が潤む。
言葉は出せないまま、皆の集まっている方へと戻っていくルゥさんの背中をただ見送った。

ーー私の中で、皆が見守ってくれているこの状況が何なのかが判り始めた時。

「——それでは」
片手を顔の高さへと挙げたハゥルさんの、はっきりと短い、それでいて落ち着いたままの声が店内に伝わった。
皆の拍手も止み、いつもの場からするとまるで嘘のような静けさの中‥‥。
「お二人はどうぞ此方を」
じっとこちらを見守る視線だけを受けながら、アツシさんと共にハゥルさんの方へと向き直った。
するとハゥルさんが、私達の目を順に見ながら、柔らかく微笑み一礼した。
「これよりーー私が一同を代表して、両名の誓いの儀を執り行わせて頂きます。どうぞ宜しくお願いします」
分かっていたようで‥‥やはり驚いてしまう。
「え」、と思わず小さく声に出してしまいながらーー同じく驚いた様子のアツシさんと顔を見合わせる。
みるみる顔が赤くなるのをどうすることも出来ず、目を逸らし顔を覆いながら俯いてしまう。
その間にも、ハゥルさんはただふふっと笑い、口上を述べ始めた。
「——では、アツシさん。貴方は‥‥どのような平和な日常に於いても、どのような冒険の危機に陥った時も、この方を愛し支え護り抜くと誓いますか」
聴いていて、ますます頬が熱くなる。
「‥‥はい、誓います」
迷いない彼の答えに、もう全く二人の顔が見れない。
もはや、この場から下がらせて貰いたいとも‥‥。
「——では、セツナ様」
そう思ってしまう私の胸中も、ハゥルさんには分かっているのかも知れない。
間を空けず、はっきりと、けれど優しい口調を此方へ向けた。
「‥はい‥」
消え入りそうな声だったけれど、何とか返答する。
見上げてみれば、正面からハゥルさんが、隣からアツシさんが。
それぞれ、柔らかい表情で見守っていてくれているのが分かる。
落ち着いてーーそう言っているような、少し間を空けてくれたお陰で、軽く深呼吸する暇は出来た。
「良いですか?ーーそれでは。‥‥貴女は‥‥どのような平和な日常に於いても、どのような困難な冒険の中でも。彼を愛し、支え傍に居ると誓いますか」
その言葉に、一瞬、今までにあった様々な出来事が頭の中を通り過ぎて‥‥。
ただ幸せな時間だけじゃなく、すれ違いも、迷いもあった。
それらを、全て認めてきた上で‥‥。
「——はい、誓います‥」
ハゥルさん、そしてアツシさんの方を向いて、答えながら微笑んだ。

ーーハゥルさんがにっこりと微笑むのと、後ろから沢山の拍手を受けるのは同時だった。
少しびくっと驚いてしまいながら、改めて自分から皆の方を向いて頭を下げた。
皆口々に、おめでとう、とお祝いを述べてくれる中‥‥。

「では誓いの証をどうぞ」
ハゥルさんが、少し悪戯っぽく微笑んだのは‥‥気のせいだろうか?
一瞬、首を傾げた私の頬にアツシさんの手が掛かりーー。

何を思う間も無くーー軽く、彼の唇が重ねられた。
更に大きい歓声と、拍手に包まれながら‥‥一瞬、驚きと戸惑いによろけそうになった。
そしてふとまた目を向けてみると、ふふと笑う彼の大人びた優しい表情にまた照れてしまい‥‥。
逃げ道を探し、つい目を窓の外の方へ逸らしてしまうと。

ーーほんの一瞬だけど、見覚えのある服が見えた。
紅い、がっしりとしたあの姿は‥‥。
ひょっとして‥‥見に来て、くれたんだ‥‥。

ずっと拍手とお祝いの歓声を送ってくれている皆の方を向かいながら、心の中でそちらへそっと頭を下げた。

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