表記について

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6

酒場での特別な時間は、暗くなるまで暫く続いた。

机の上にどんどん運ばれてくる料理を囲みながら、舌鼓を打ったり、皆で談笑したり。
私達は二人で一緒に囲まれもしたけれど、時にはそれぞれが別の方から話しかけられもしながら‥‥。
イージスさんやルインさん、ルゥさんにハゥルさん。
旅を共にした皆は勿論、街の人達とも一言二言ずつ言葉を交わした。
この街の台所のような存在でもあるこの酒場は、普段からいつも沢山の人で賑わっているだけに、何度も客の出入りがあった。
その度に、一言声を掛けてくれる人もいて‥‥ちょっと照れ臭かったけれど。

その中、人の波が一度切れたところで。
そっと近づいてきた人影が、少しずつ視界にに入って来た。
その人は、私とアツシさんの間の少し後方に静かに立ち止まる。
ゆっくりと其方を振り向いてみると‥‥。
会ったのは今日初めてだけれど、その姿はよく覚えている。
黒い鎧を着た、黒い髪の背の高い男性。
「‥‥アツシさん。お久しぶりです」
大柄な体格からは意外とも思える、静かな語り口。
どちらかというと、アツシさんよりも声音はやや細めかも知れない。
精悍な顔つきとは逆に、性格的には大人しめな方なのかも‥‥と勝手に想像してしまう。
「ああ、久しぶりだな‥‥ありがとう」
「——あっ、すみません。‥おめでとうございます」
「‥‥ふふ、気にしなくていいよ」
ーーまるでどこか、兄弟かなにかのような会話‥‥。
私にとって初めて見る相手との、アツシさんの初めて見聞きする話し方。
ついぼかんと、傍観者としてその光景を見てしまっていた。
「‥‥あっ、こちらがセツナ様ですね‥‥!初めまして」
きちんと腰を折り気味にお辞儀してくれるその物腰は、本当に体格からは想像できなくて。
「‥‥え?あっ、あの‥‥こちらこそ‥‥」
少し驚きつつ、慌てて挨拶を返す。
そして、言葉を続ける間もなく。
「あの、俺は‥‥その、アツシさんにはよくお世話になっています。リュウと云います」
もう一度、お辞儀と共にどこか慌てたような自己紹介を受けた。
その屈んだ肩を、アツシさんがぽんと軽く叩く。
「——そんなに畏まらなくても。俺の方こそ、よく世話になっているんだし」
「は、はい‥‥すみません」
「だから‥‥」
はは、とアツシさんが笑う。
彼にも、こういうお友達が居るんだ‥‥と、きっと当たり前の事なんだろうけれど、珍しい遣り取りだと思えてしまう。
「お二人は‥‥仲が良いんですね」
見ていて自然と、そう思えた言葉が口から出て行く。
アツシさんはそれに応じて、にっと微笑みながら頷いてくれた。
「——ええ。彼とは‥‥親友とも云いましょうか」
アツシさんが、今度はつリュウさんの背中に軽く叩くように手を遣った。
「‥‥はい、そうですね‥‥」
それを受けて、弾かれるように背筋を伸ばしたリュウさんがはにかみながら返す。
‥‥親友‥‥。
そういうのって、何だかいいなと思う。
私にも、一人ーーそういう人が居るけれど。
‥‥”彼女”は今、どうしてるんだろう‥‥?
ふと、カサディスで姉妹のように一緒に育った――キナの事を思い出す。

アツシさんとリュウさんが、少し何か話しているのを、まるで遠くの音のように聴きながら。
いつの間にか、思い出の中に入り込もうとしていたのだろうか‥‥。

「——今日はそろそろ、お開きにする?‥‥セッちゃん、大丈夫?」
呆けてしまっていたのだろう、後ろの方からまた違う声が掛かった。
びくっと肩を反応させてしまいながら、そちらを振り向いた。
果実酒など呑んで、少しほろ酔い気味なのだろうか。
僅かに頬を染めて、けれどはっきりとした口調で話しかけてくれるいつものルゥさんがそこに居た。
ひょっとしたら、疲れて見えていたのかも知れない。
または、以前此処で在ったお酒での失敗談‥‥。
そんなことを短い間に色々考えながら、慌てて返事した。
「あ、いえ、大丈夫です‥‥」

けれどやはり、今日はこのあたりで宴を終わらせようという事になった。
リュウさんも、自分もそろそろ帰らなければ、という事で。
そして、他の皆も普段から色々と忙しい身でもある。
皆が開いてくれたこの催しも、気付けばもう随分と時間が経っていた。
楽しみが疲れに変わってしまわない内に、或る程度きり良く終わらせた方が良いとも思う。
こうして皆と会えただけでも、とても嬉しかったのに‥‥此処までして貰えて、私には勿体なかったくらいだ。

ーーそれから、その場を片付けようとしている皆に混じって、私も手伝おうとしたのだけれど。
「あ~、いいのいいの。セッちゃん達はもう宿で休んで」
「そうそう。今日はもう疲れたでしょう」
「——ああ、また元気に顔を見せて貰わないとな」
ルゥさんと、ネッティさん、そして店長のアースミスさんにやんわりと止められてしまった。
「あの、でも‥‥」
それでも、と言おうとした矢先、今度は後ろからふわりと肩に手が乗せられた。
「そうですわ。今日はお会いできただけでも」
「‥‥全くだ」
肩に乗った白く細い手は、ルインさん。
その後ろで、イージスさんも腕組みして頷いている。
「‥‥わかりました‥‥すみません、ありがとう」
ぺこりと頭を下げると、今度はふふ、と静かな笑い声が。
「また何かお手伝い出来る事があれば、いつでも仰ってください」
静かな、恭しい口調ながら。
どこか自信に満ちたようなーールゥさんにも雰囲気の似た笑みを浮かべるのは、ハゥルさん。
ーーやっぱり皆、とても優しい。
温かい気持ちに包まれながら、はい、と皆の顔を見渡しながら頷いた。
‥‥と、もう一声。
「‥‥あの、もし俺にも‥‥機会が有れば是非‥‥」
やはりどこか遠慮したような口調は、リュウさんだ。
「はい、ありがとうございます‥‥」
「ありがとう、リュウ」
アツシさんと同時に答えながら、思わず顔を見合わせて笑った。
「--そうよねえ、リュウさんも頼もしいよね♪‥‥だってもうすぐ‥‥」
「‥‥あ、わ、ちょっと‥ルゥさん!」
「はいはい、ごめんなさ~い」
‥‥どこかで聞いたような会話だな、と、思わずくすと笑ってしまう。
皆、やっぱり変わらない。

ややあって、いよいよ酒場での皆との時間は終わりを告げた。
アースミスさんと一緒に見送ってくれていた皆に別れの挨拶をして、私達は広場を挟んだ宿へと向かった。

別れと言っても、きっとまた皆に会える‥‥確証はないけれどそう思う。
今日此処で作ってもらった、暖かな思い出をーー。
まだ今しがたの事のように、そして今この夜道を照らす柔らかな灯りのように思い浮かべながら。

やはりあの酒場はーーそして皆の想いは、とても暖かい。
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