表記について

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7

視野が次第に狭まり、暗くなってゆく‥‥。
精一杯目を瞠ろうとしても、それすらも出来ず、瞬きも出来ず。
‥‥ああ、もうこのまま‥‥?
竜に遭ってから私の中には心臓も無く、そしてその躰が石になる、というのは。
心臓が無くとも温かく血も流れていたこの身が、意識があるまま次第に冷え固まってゆくのは‥‥。
とてつもない喪失感と絶望感に襲われて、もう何も‥‥考える事も感情を表す事も止めてしまいそうになる。
竜に襲われながらも生かされて、自らの身を捨てる事も出来なくて、そして‥‥。
故郷からも遥か遠いこの迷宮で、私の生はこんな風に終わってしまうのかーー。

ーーやっぱり、無理なのかな。
今まで、全ての事を必死に頑張ってきたつもりだけど‥‥それもただの、足掻きだったのかな‥‥?
目の前が真っ暗になってきたのは、石化が進んでいるからか、それとも。
私の気持ち自体がもう、持たないのか。
全身のところどころが固く、冷たくなっていくのを感じながら。
そして顔の、頬のあたりから口にかけて、皮膚が寒さで突っ張る様に強張っていくのを感じられたとき。
ーー彼の、胸の内での温もりと…柔らかく温かい唇の感触をーーこんな場面だというのに、ふと思い出す。
さっきまでは、あんなに暖かく幸せだった‥‥。

もう、皮膚の温もりが全く感じられないほど、あちこち石のように塗り固まってきている。
そのうちきっと、息も出来なくなって‥‥?

‥‥嫌だ‥‥、いや‥‥!
このままこんな風に、終わりたくない‥‥!
停止したと思っていた思考回路が、そして強い感情が、途端に鬩ぎたてる。
動かせない体を、なんとかならないものかと力を入れようとしてみる。
腕や足はともかく、指すらも動かない、けれども。
気持ちの上でしか出来ないけれど、足を踏ん張り身体に力を籠めようとした時。

ーーぱきん、と、何かが割れる音が耳の奥で響いた。
全身が、煌めく温かな光に包まれたような、優しい感覚。
「——っつ‥‥?!」
勢いあまって、数歩つんのめるようにーー体が‥‥動いた。
「——セツナ!」
今度ははっきりと聞こえるアツシさんの声に、振り返る。
‥‥やっぱり、動けた‥‥?!
「え‥‥」
振り返った先に、剣を片手に握ったままの彼と、イージスさん、そして‥‥。
「——間に合って‥良かったですわ」
杖を翳し、こちらへ手を伸ばしているルインさん。
「何とか魔法で解きました。‥‥癒し手とは違い、傷までは治せませんが」
そう言って微笑む彼女の表情は、柔らかくも強かった。
それでも、”魔”の力に応じる術は、持っているのだと。

驚きと、一度昂った感情が、言葉にはならずぽろぽろと‥‥誰しもに分かる形になって溢れて来る。
皆と、そして‥‥私自身にも。
本当は、どうしようもなく怖くて‥‥それでも、泣き言は言っていられない場所で。
このまま此処で終われたら、なんて思ってしまうような昏さが、この迷宮にはあるのかもしれない。
だからきっと、此処は一人では‥‥なかなか先に進めないんだ。
ーーかつて私より先に、此処へ入っていった人たちもきっと‥‥。

どうして入口に佇むオルガさんが、ずっと救いを待ち続けているのか。
そして、それに応じようとしても、皆どうしてそれが出来なかったのか。
ーー身に染みて分かる気がする。
皆、今さっきの私と同じように‥‥諦めてしまったんだ。
「——さあ、セツナ様‥‥」
ルインさんが、不敵な笑みを浮かべたまま、更に目を細めて微笑む。
「この通り、何があっても御心配無用」
イージスさんが、まるでにやりと笑うように唇の端を上げる。
「‥‥帰ろう、セツナ」
そしてアツシさんが、自らにも言い聞かせるように頷きながら微笑む。

一瞬思考が呆けて、そして流れたままの涙を、手の甲で拭って。
「——はい‥‥!ありがとう‥‥」
精一杯の返事を口にして、いつの間にか取り落としていた杖を拾い握った。

かつて無い程大きく、様々な攻撃を仕掛けて来る相手だけれど‥‥。
諦める必要はない、だって‥‥。
「‥‥さあ、反撃開始ですわ」
「ふん。‥‥臨むところ」
「‥‥ですね」
——私には、頼れる皆が‥‥居てくれるもの。

決して存在を、忘れていた訳じゃない。
それでもつい、引け目を感じてしまっていたのかもしれない。
こんな無茶な状況ばかり続く探索の地で、共に戦って道を切り開いて貰う事に。
でも、皆、決して弱音は吐かない。
寧ろ、常に前を見て、共に進もうとしてくれている。
ーーそれが‥‥それが、もし。
私の意思と共に、在ってくれるというものならば。
「此処を‥‥出ましょう、必ず」
改めて杖を目の前に構え直し、魔物を見据える。
皆の強く短い返事を、背に受けながら‥‥。
それすらも、まるで”強さ”に変わる魔法のように感じながら。

ルインさんが隣に並ぶのを視界の端に捉えながら、魔法を詠唱すべく徐々に集中を高める。
ーー何の術が良い‥‥?
炎の壁は、相手が浮いているので使えない。
雷の衣も、違う。
あとは‥‥。
あの本体に雷を落とすか、炎を降り注がせるか。
ーーそれとも‥‥?

私の中で、ある場面で見た魔法が浮かぶ。
今まで、自分では一度も試した事がない。
そして実際の目の前では、一度も見た事がない。
けれど、相手が浮いている状況で、一気に攻められる魔法‥‥。
それはこの杖に力を注いでくれた、あの人が‥‥かつて使っていた。
見よう見まねで、あんな強い魔法を私が使えるのか、そして。
もし紛いなく、あの亡き国が私に縁がある国でーーそして禁忌とされていた力を持つ術だったのなら。
その筋を引いているかもしれない私に、発動することすら出来るかどうかも分からないけれど。
「‥‥ルインさん」
「はい?」
呼び掛けはしたものの、言葉は続けず。
杖に意識を集中させて、具現したい力の灯を呼び起こしてみる。
ーーその色は、光輝く青。
「‥‥なるほど。合わせ重ねますわ」
やはりというか。
流石、ルインさんもその魔法は心得ているようだった。
共に、杖を一度振り上げてから身を引くように腰を軽く落とす。

私に‥‥本当に出来るのか。
ーーううん。
やって見せますね、見ていて下さい。
ーーううん、それも違う。
どうか、力を貸して下さい。
あなたのように、諦めないーー強い力を。

私が思い描くのは、かつて強い力を持っていた術師の‥‥。
そして、大切なものを守ろうとした強いひとの。
竜にすら強い意思を保って挑んだ、沢山を背負ったひとりの覚者の。
しっかりと前を見据えて撃ち出した、氷の魔法。

ーー杖に込めてくれたあなたの力を、どうか今こそ‥貸して下さい。


横目に入るルインさんも、同じ姿勢を取っている。
‥‥やはり、間違いない。
一度ぐっと力を籠めるように腕を引き、そして‥‥。
一段と大きく高く、両手で杖を握る腕を頭の上まで振り上げた。


辺りを見えない何かが切り裂くような大きな音と共に、空気が一気に冷え震えた。

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※此方のSS画像は、以前、よっしゃ様より頂きました。お心遣いとご協力、ありがとうございました。
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