表記について

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10

ーー※今回、アツシ視点で書いています。ーー

ゆっくりと、玄関口の扉を開けるとーー心地よい海風に乗って、視界に眩い光が射し込んでくる。
目の上に軽く手を翳しながら、もう片方の後ろ手でなるべく静かにその扉を閉めた。
彼女ーーセツナを起こしてはいけない。
きっとまた、深い眠りへと誘われつつあるだろうから。

流石に、この家は通りに面しているからか、高い場所に在る窓から家の中は見えないようになっている。
姿は見えないものの、壁の向こうに眠るであろう彼女を想いながら、そっと目配せを送る。
”行ってきます”、という言葉代わりに。
なるべく早く此処を離れて、村の入口付近に据えられたリムへと入ろう。
そう思いながら‥‥自然と腕組みするように、己の両手が両の二の腕を隠しながら歩く。
その部分には、幾筋か少し赤く腫れている部分が数箇所あって。
ーー昨夜ーーいや、今朝方までか。
それは何度となく、彼女と求め合った跡。
同じものが、きっと背中にも付いている。
そうするつもりはなかったのに、結局、無茶をさせてしまった。
満足に起き上がれない程に、まだ初心な彼女をどこまでも求めてしまうとは‥‥不覚だった。

幾ら彼女が愛しいからと云って、無理をさせてどうするのか。
ーー私が彼女を護る立場だというのに、馬鹿なのか、とさえ思う。
しかし、言い訳にしかならないのだが。
何度求めても足りない位、可愛くて‥‥愛おしくて仕方がない。
普段は見せない全てーー透き通るように白い柔肌も、蕩けるような恍惚とした表情も、堪らず漏れる声も。
全て呑み込んでしまいたい程に甘く感じ、貪欲にーーもっと、と求めてしまう。
私自身元々、彼女への想いを抑えていた‥‥というところからの反動もあるのだろうか?
そうだとすると、余計に‥‥。
つくづく私は馬鹿だな、と思うのだが。

頭の中で堂々巡りを繰り返すうちに、あまり時間も経たずリムの碑石へと辿り着いた。
少しの距離とはいえ、村人の誰にも会わなかった事にほっとしながらそのまま踏み込む。
一瞬、冷やりと感じる空気感は、この暗く静かな空間の中での独特なものだ。
通り慣れているとはいえ、やはり一瞬、外の世界とは違った”張り”を感じる。
目的の場所を浮かべながら、微かに靄の掛かった闇の中を真っ直ぐ歩く。

そのうち、両腕で組んでいた腕を下ろせば、そこにあった傷はいつしか消えていた。
我々ポーンの民は、この中に入りさえすれば傷でも何でも直ちに治ってしまう。
引掻き傷が付いている事は、私自身は気にならないのだが。
きっと、彼女がーー誰かに見られたりしたら、困るのではないか?
そう、何と無く感じたから。
少し、自信が無さげ‥‥とも云うべき程に、控えめな彼女だから。

そしてその性格から故か、彼女は言った。
”あの方の‥‥代わりだからですか?”
その言葉は、遇に見てしまったーーいや、彼女の生い立ちからして、必然だったのかも知れないが。
私の昔の頃の姿を、そしてその私を生み出したマスターの姿を見た事で、彼女は自然にそう思ったのだろうが。
それでも私自身の中では、以前のマスターはただマスターで。
感情も何も持たなかった私には、ただ主人として捉える事しか‥‥あの方に特別な感情を持つ事など出来なかった。
例え、もっと永く側に居たとしても。
そういう”想い”を持とうとすら、思わなかったかもしれない。
あの方ーーアヤ様は、いつも私を見ながらも‥‥私の向こうに、きっと違う人を見ていた。
何時も私に対しては、毅然としていた。
あの方が‥‥その命の最期を迎える、その時まで。
様々な想いと共に邂逅を求めたーー赤い竜には、逢えなくとも。
ーーそうだ、今まで、忘れていた訳では無いが‥‥かなり時が経った今では、すっかり深い記憶の奥に閉じ込めてしまっていた。
マスターを失った後は、暫く流浪の身で過ごしていた。
”主”を失う事が怖くなっていたーーただ、逃げていた。
その中で確かに、僅かながらも女性との関係を持った事は‥‥‥ではあるが。

彼女を誰と比べるべくも無く、そして、かつてのマスターの代わりを求めた訳では無く。
私にとって、セツナはセツナなのだ。
今も、きっとこの先も、他の誰かを求める事は無いだろう。
たとえ万が一、不慮で彼女を失う日が来たとしても。
ーー無論、私の存在ある限り、そんな事はさせない。
先日、教会の傍で誓った言葉に嘘は無い。
あれは意識の‥‥今ここに在る私という存在の、言うなれば魂の底からの言葉だ。

宿営地のリムで、弱さと強さ両方を兼ねた思念の波長に惹かれるように呼び出され。
初めて見たその持ち主ーー彼女の姿に、瞬時に心を奪われた。
永くの間、主を持たなかった私が‥‥この人と居たいとすぐに思えた。
アヤ様と、決して重ねてなど見なかった。
何時も控えめで、けれど強く、美しく。
そして素直で、どこまでも心優しい。
そんな彼女が向ける、はにかんだ笑顔や‥‥いじらしい仕草がとても可愛くて堪らない。
よく、彼女が口にしていた、”ごめんなさい”という言葉。
それはきっと、想いを何とか抑えて無機質に接していた私が‥‥怖く見えていたのだろう。
その度に、本当はこの腕で包んでーー抱き締めたかった。
此れ程にも愛しているのは、そんな彼女ーーセツナだけだ。
その想いが、己の欲望を燃え上がらせた‥‥あなただけだと、言葉で表す以上に彼女に伝えたかった。
それ故のーーー。

‥‥と、それこそ転嫁しているのではないか。
彼女を激しく求め、掻き抱いたーー無茶をさせたのは私だろう。
流石にもう少し、気を付けないと。
ーーそんな事を考えてしまうのも、そもそも可笑しいか。
漏れてしまう苦笑と共に、一人頷くように僅かに首を動かしながら‥‥軽く拳を握った。


無の空間の中で、頭の中を一杯にしながら歩くうちに。
やがて、出口が見えて来る。
リムを出た先の淡い光に迎えられながら、しっかりと足を踏み出した。
此処は建物の中に在るリムーー領都のポーンギルドの中。
久しぶりに見る感覚の風景に、無意識に小さく息を吐く。

ーーさて、やりたい事は幾つかある。

セツナ、どうか少しだけ‥‥待っていてください。
リムの碑石に向かって、自然と笑みを浮かべながら目配せした。
今はその姿は見えなくともーーそれを越えた先に居る彼女に、想いを馳せながら。
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