表記について

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徐々に、全身の熱が上がっていくような‥優しく蕩けるような口付けに。
無意識に注意を逸らそうとする思考力も、恥ずかしさから肩肘に入っていた力も抜けてゆく。
時々彼の温かい吐息がかかり、その熱に煽られて頬が上気していくようで。
「‥‥んん‥‥、んっ‥‥」
少し息苦しさすら感じ始めながら、もがくように手を伸ばし、彼の服の胸元をぎゅっと握った。
つい漏らしてしまう呻きのような小さな声に、また更に羞恥を湧かせながら。
――駄目、もう‥‥。
逃げ出したい程の気持ちに襲われ、強く瞑った目の端に涙が浮かんでしまうのは‥‥どうしてだろう。
もしかしたら、思う様に力が入らないながらも、気付かない内に掴んだ胸元を押してしまっていたかも知れない。
彼の顔が離れる感覚に、恐る恐る目を開けた。
少し息が荒くなってしまっているのがまた恥ずかしくて、口元を手で軽く覆った。
「‥‥セツナ‥‥」
額を寄せたままの彼が、じっと視線を合わせている。
その、優しい微笑みを湛えながらも熱を帯びた眼差しと囁きに、改めてどきりとした。
静かな部屋の中、暖炉の薪がぱちりと小さく爆ぜて、その音にも肩がびくりと動いてしまう。
「‥‥はい‥‥。あの‥‥」
目を泳がせてしまいながら、戸惑う気持ちを誤魔化すように、口にする。
けれどその声は、自分でも分かる程、少し掠れてしまっているのが分かる。
「——はい」
彼の声、そして眼差しが‥‥変わらずとても真剣で、つい俯いてしまう。
「ひとつ‥‥、聞きたい‥事が‥‥」
「‥‥‥はい?」
ーー私は、何を言っているのだろう。
こんな時に‥‥、それとも、こんな時だから?
けれど、突如出て来た質問に、私の意識も彼の答えを求める。
「私が‥‥、似ているから、ですか?」
「‥‥え‥‥」
彼との行為の中で、私の以前見たどこかでの光景がーー彼とよく似た人と、その想い人の関係がーー引き出されてきたのかも知れない。
自分には直接関係ないと、思いたい気持ちもある。
そして、ただ似ている人達の、私達のものと共通している武具を持つ人達の、意識が同調しただけなのだと‥‥本当は思いたい。
‥‥けれど、最期に見た光景、あの人といた従者は‥‥?
ーー間違いなく、彼では‥‥アツシさんではなかったのか。
「セツナ、何を‥‥?」
彼が、私の背に回していた手を滑らせ、肩に置く。
そうして、却って言葉を促されながらも。
自分で、言い出しておきながらも、続ける言葉に迷う。
「何の事ですか?」
おずおずと視線を上げれば、いつもと同じ、ただ真っ直ぐな表情の彼が私を見据えている。
口元から手を離し、膝の上でぎゅっと握ってから、一度ぐっと息を呑んでゆっくりと吐いた。
もう少し顔を上げ、私も視線を外さず、思い切ってもう一度口を開いた。
「‥‥あなたの‥‥、以前の‥‥初めの覚者様‥‥」
「‥‥‥え?」
訝し気に眉を寄せる彼に、また僅かに視線を逸らしてしまう。
そして、ぽつりぽつりとーー私の見た事、感じた事を要約して話した。
夢のような、けれど意識に同調する映像を観ていた事……、その中で関わり視た、様々な人達の事。
彼は、たまに目を瞠り、そしてきっと彼の中で理解させながら。
ただじっと耳を傾け、私の話を聞いていてくれた。
「そんな事がーー」
じっと考え込む彼に、私はもう一度ーー伺い見るように視線を上げた。
「‥‥だから、私がーーその方に‥‥似ているからですか?」
「‥‥‥」
‥‥本当に、私は何を訊いてしまっているのかと‥‥自分に呆れも感じる。
けれど、一度出してしまった言葉は、取り消せない。
ーーこんな変な事を訊いて‥‥、もしかしたら一度に嫌われてしまうかもしれない。
そう、思ってしまうのだけれど。
言っていて、情けなく‥‥涙が浮かんでくる。

けれど、一息措いて、彼から帰って来た答えは。
「‥‥セツナ、私は‥‥」
彼の手が、今度は頬を挟み込むように、ふわりと添えられた。
そのまま顔を彼の方へと上げられた先には、優しい眼差しが待っていた。
「確かに、私をこの世に生み出したマスターは‥‥あなたに似ていたかも知れない。けれど——」
ふっと微笑む表情に、胸がじわりと熱くなる。
「あなたがーーあなただから‥‥好きなのです。純粋で、真っ直ぐで‥‥強さも美しさも、そして‥‥」
彼の優しい言葉が重ねられる毎に、目の前が滲みぼやけていく。
「とても可愛くて堪らない、愛おしいあなたが‥‥」
目の端から、私の胸の内に残る蟠りが、心を解くように‥‥温かい涙となって零れる。
再び彼の顔が、柔らかい笑みを浮かべたまま‥‥私の顔を覗き込む。
「私が想うのは‥‥あなた自身です」
「‥‥っ、‥‥」
ーーごめんなさい。
少しでも彼を疑って、そして勝手な決めつけをしてしまった。
申し訳ない、そう思うのにーー嗚咽が漏れてしまい、言葉が返せない。
「どうか——泣かないで‥‥、微笑んでいてください」
目の端の涙を、彼の手が優しく拭ってくれる。
ーー以前にも、確かそう言ってくれた。
初めて、彼が想いを言葉にして伝えてくれた‥‥あの時。
遺跡の祭壇で、指輪をーー互いの想いもそれに託し交わして。
あの時から、ううん、もしかしたら‥‥。

「あなたの傍に‥‥どうか居させてください。ずっと‥‥」
彼の顔が近付く気配に、そっと目を閉じる。
もう一度、暖炉の巻が爆ぜ、炭となって少し崩れる音。
その音を聞きながら、そして‥‥。
「あなたを‥‥愛しています‥‥」
私もただ無心にーー彼の言葉と、重なる唇に自分のそれを預ける。
私ももう、難しい事は何も‥‥考えたくない。

ーーただ、あなたが好きーー今抱く想いは、ただそれだけでいい。
自らの想いを、私からも伝えられるように‥‥詰まって出て来ない言葉の代わりに。
よく分からないながらも、行動に代えて応じてみる。
一瞬、彼の肩がびくりと動いた気がした。
けれど、すぐに‥‥頬に添えられていた手が、改めて背中に回されて引き寄せられる。
「‥‥‥っ、‥ふ‥‥」
共に寄せる思いを絡ませるように、口付けは深く強くなってゆく。
互いの吐息が混じり合い、それに煽られるように体が熱を帯びていく中で、もがくように手を伸ばす。
彼の胸に触れ、そしてその先、首元へと滑らせた私の手が‥‥しっかりと縋り付く。
もう‥‥、自分の想いに迷う事はないように。

ーー私も‥‥あなたを‥‥、あなただけを、愛しています。

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